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第28話:ソロキャン後、アパートにて

「うん! このビール美味いっ! 飲みやすいのにビールの味がしっかりしてて、少し甘みもあると言うか、スーパーじゃ売ってない味だね! うん」


 僕が自分に内緒でソロキャンプに行った事が不満だったようで、明らかに不機嫌そうな様子の穂乃果ほのかだったが、キャンプ場の近くのビール園で売っていたクラフトビールをお土産に差し出すと、結局は上機嫌でお酒を飲み始めるのである。


 僕と穂乃果のアパートは徒歩数分の距離なので、酒を飲んだといえども、帰りの車の心配をする必要はない。

 女性に夜道を歩かせる危険性を考えて、たまに送り迎えをかって出たり、穂乃果のアパートにお邪魔する方を提案したりもするのだが「いや、別にいつも1人で出歩いてるんだから、送り迎えとかいらないよ。あと慎三郎しんざぶろうの家の方がなんか落ち着くんだよね。適度に散らかってて、気兼ねしないっていうか」などとあまり嬉しくない理由で実行されぬまま終わっている。


 いずれにせよ、勝手にソロキャンプデビューしてしまったことに対してのお咎めは免れたようで、胸を撫で下ろした。


 多少の罪悪感があったため、酒のつまみは僕の方で調理する。一人暮らし歴が長いため、台所に立つのはお手の物である。まあ調理といっても、冷凍庫の奥底に押し込んでいた鮭のハラスを魚焼きグリルで焼いただけなのだが、この塩気がビールに合うと穂乃果は満足そうだった。


「それで、どこのキャンプ場に行ってきたの?」


「隣県の山奥の、キャンプ場って言うか、野営場って感じのところ」僕はスマホの写真を見せる。


「へー、すごい辺鄙なとこだね」そう言って写真を見を進めていった穂乃果だったが「ん? あれ?」と呟いて手を止める。


「どうした?」


「え、誰、この子?」


 穂乃果が見せた写真には、焚き火を熱心に育てるふうこの横顔が映り込んでいた。


「えーこれって、パパ活的な?」


「ち、ちがう!」僕は全力で被りを振る。そして早口でふうことの経緯を説明する。

 しかし、こうして第三者に説明していると、改めて不思議な縁だなと実感する。お互いあの辺鄙な野営場場で二人きりになったからこそ生まれた一体感だったのだろう。その空気感を上手く口で説明しようとしても、なんとも要領を得ない感じになる。

 穂乃果も、なんとも釈然としない様子で首を傾げている。


「まあ、概要はわかったけどさ」


「うん」


「慎三郎、この年端も行かない子にエッチなこととかしてないよね」


「してねーよ!」


「いや、それならいいけど。流石に幼馴染が未成年にイタズラして捕まったんじゃショックというか」


「ご期待に添えなくてすみませんね。残念ながらそう言う常識は持ち合わせてますので」


「しかし、よく慎三郎に懐いたもんだよ」


「いや、僕もそう思う。なんだろう、人柄の良さが滲み出てたのかな」


「いろんな意味で無害そうだもんね」


「それ、褒めてないでしょ」


「ばれた?」


「当然」


 話しながら、穂乃果が普段通りで安心している自分がいた。


 前回の二人キャンプは、お互いの関係にしこりを残す形で終わった。僕は先日のソロキャンプで、そのしこりの中に溜まっている自分の感情について再確認し、一つの結論を導き出すことができたと思う。それは答えとしてはずっと昔からそこにあったもので、でもさまざまな感情の裏に隠れたまま、今の今まで認識できなかったものだ。


 穂乃果はコップの縁に付着したビールの泡を無表情で見つめていたが、一口唇を湿らすと、コップを置いて僕を見た。


「私、勘違いさせてたかもしれないよね。慎三郎の事、情けないとか、弱いとか、そりゃたまには冗談で言うかもしれないけど、それって本心じゃないからね」


 そして大きく溜息をつき、再び続ける。


「最近の慎三郎、すごくしっかりしてきたと思うよ。うん、ほんと、なんていうか、その、かっこよくなったと思う‥‥あ、当社比1.5倍的な、そんな感じだけど」


「そりゃ、どうも‥‥」


 思いがけない言葉に、僕は戸惑う。


「そう思ってたのに、ちゃんと口に出して言ってなかったじゃん。だから慎三郎に、変な責任感を負わせちゃってたかもしれないよね。ごめん‥‥」


「いや、そんなこと、ない」


「無理させちゃって、ごめん」


「無理したとかじゃない。僕がやりたかったから、やっただけだから。結果として、やらなきゃよかったって後悔しかないけど」


「ははは」


「いや、後悔だけじゃないかも。この前の一件があったから、僕は自分を見つめ直して、穂乃果に言うべき言葉が見つかったわけだし」


「そう」


「あのさ」


「なに?」


「僕たち、付き合わない?」


「は?」俯いて頷いていた穂乃果が顔をあげる「え? なんて言った?」


「いや、付き合おうって」


「あ、えっと、それってあれでしょ、よくある『どこか行くのに付き合ってって』意味で、そっちかーい! ってなるやつ」


「違う、男女交際的な」


「男女交際的な」穂乃果は腕を組んで、何かを考えるように俯いた「それって、慎三郎が、私のことを女性として好き、的な?」


「アイ、ラブ、ユー、的な」


「そっか。はは、はははははは」


「なんだよ、こっちが真剣に告白してんのにさ」


「違う、違うよごめん、なんかさ、なんかさ、嬉しくて、笑えてくる」


「なんだよそれ、中学生かよ」


「ていうかさ、中学生の時にそれ言ってよ。言ってくれてたら、その頃から私ら恋人同士だったと思うよ」


「かなり遠回りしたけど」


「無駄足じゃん」


「でも、その無駄が面白いんじゃないか。キャンプと一緒だよ」


「確かに」


 新しいビールを取ルために僕は立ち上がった。キッチンに向かい、居間の穂乃果には背を向ける。

 流れで伝えてしまった気持ちの是非は、今の和やかな空気から見るに結果オーライといったところだろうか。徐々に現実感が湧き起こり、今更心臓が高鳴り始める。それを押さえ込もうと、コップ一杯に水を注いで、それを一気に飲み干した。


 なんだか無性に体が熱い。そう思ってキッチンの窓を開けると、夕暮れの喧騒が秋風とともに流れ込んできた。


 居間の穂乃果は、どんな顔をしているのだろうか。少し気になったものの、もう少し一人で余韻に浸っていたくて、冷蔵庫から出した絹ごしどうふを皿に盛って鰹節をふりかけ、適当なつまみを拵える。


 居間に戻ると、穂乃果が姿勢を正してこっちを見ていた。


 一瞬、ドキッとする。


「あのさ、私なかなか結構面倒くさい女だけど、いいの?」


「いいって」


「アラサー拗らせてますが?」


「かわいいじゃん」


「かわいいって‥‥」


「照れんなよ」


「うーん‥‥それじゃ、ありがたくお受けします」


「よかった。ほら、冷奴つくったぞ」


「作ったっていうか、皿に豆腐乗せただけじゃん」


「うるせー」


「ていうか、晴れて恋人同士になって初会話が冷奴って」


「じゃあ、どういう会話が恋人同士っぽいんだ?」


「さあ。慎三郎すきすきー、とか」


「うわ」


「なによ」


「いや、なんかそれすげー嬉しい。もう一言って」


「言わないし」


 それから、恋人同士はどうするべきだとか、どうしようもない会話が続く。

 でもそんな会話をしながら、僕も穂乃果も薄々感づいてると思う。多分、何も変わらない。普段通りのこの感じが、そのまま僕らの恋人関係って事でいいんだろう。


 でも、一つだけ違った事もある。

 その夜、初めて穂乃果は自分のアパートに帰らなかった。





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