誤解があるようだが、僕は本質的には引きこもりではない!
ただ、自分の行動規範の中核に「必要最低限の行動範囲及び思考範囲を自分の生活圏とする」という確固たるルールがあり、それを体現しているだけの生活は、穂乃果にとってただの引きこもりのように見えるらしいのだ。
僕にとって『引きこもり』とは、表面上の行動一つ一つから集束する、ただそれっぽく見えるだけのかりそめのレッテルだ。「僕は帰納的引きこもりに過ぎない」と反論すると、穂乃果は『またわけわからない屁理屈を言い出したよ』と言わんばかりの、軽蔑の眼差しを僕に向けるのだ。
「職場の後輩がね」聞いてもないのに穂乃果は話しを続ける「結構ガチ勢のキャンパーらしいんだけどさ、
こいつは自分の職場で僕のことをどんな風に話しているのだろうか。引きこもりの困った幼馴染がいて、と笑いを交えながら僕をディスっている様が目に浮かぶ。
「嫌だよ」
「なんでよ」穂乃果は唇を尖らせる。
「やる意味がわかんない。理解不能」そもそも僕はとりあえず仕事だってしているし、自立して生活している。必要最低限の社会的活動はしているんだから、あとは放っておいて欲しいのだ。
食事はコンビニで事足りる。
睡眠は自分のベッドが至高だ。
暑さ寒さはエアコンで解消できるし、暇な時はテレビを見て、ネットで情報を漁れば知識には事欠かない。
こんな便利な生活を送っているのに、なんでわざわざ不便さを求めなければならないのか!
「我が家最高! アイ、ラブ、マイホーム!」
スウェット姿で立ち上がり、唖然とする穂乃果から枕を取り上げる。「それじゃ、そう言うことで、もう寝ますんで」
「いや、まぁ、言いたいことはわかるけどさ‥‥」
不承不承といった様子で、穂乃果はさらに唇を尖らせた。
この世話焼きな幼馴染だって、僕と同じでキャンプ未経験者なことくらい知っている。自分だって初めての事柄なのにもかかわらず、僕の手を引いてそこに飛び込もうとするのは、それほどその『後輩』とやらの言葉に信頼を置いているのだろうか。
なんだかそれもどこか気に食わないような、複雑な気分だった。
しかし、余計なこととは思いつつ、僕を気にかけてくれている事には感謝している。
お互い、腐れ縁なのだ。
腐ってしまった縁を今更引きちぎって、濁った汁を飛び散らせるのは気が引ける。この腐れた縁はカサカサにミイラ化するまで放置しておいた方が衛生的だろう。
穂乃果は腕を組んで俯き、何か思案する。
僕は布団を頭まで被り、意識は既に夢の世界へと片足を下ろしている。
「えー、私の言うことを聞かないと、このプラモが死ぬ事になります」
悪魔の声を聞いて、僕は布団から飛び起きた。
穂乃果の右腕には僕の大事な1/100スケールのRX78-2がしっかりと握られ、左手には塗料スプレー缶がスタンバイされていた。
先日、僕が穂乃果に自慢したやつである。
これがどれほど大事なものか、それを知っているはずなのに、それなのに!
前言撤回。
この腐った縁は、今すぐニッパーで切り離した方がいいのかもしれない。
「この、悪魔め‥‥」悪態をつく僕。
「これも、貴様のためなのだよ、慎三郎くん‥‥」
裏切り者の様相で、穂乃果は不敵に笑う。
ガンダムを連れ去る穂乃果。
泣き崩れる僕。
そして、来週土曜の約束だけが残った。