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第107話 そこから≪アルミちゃん≫の脳内へと音声信号が発信されていることを確認しています

「んー、じゃあ持っていても仕方ないし、戻して先に進もうか」


 どうせこんなの十中八九罠だし。


 一度は拾い上げたノートを床に戻し、先に進み始めようとしたその時――。


『ワイを無視するなや!』


 背後から声がした。


 飛び跳ねるようにして反転。

 杖を構えて戦闘態勢を取――れなかった。


「ちょっと≪セリー≫! 腰に抱き着いていたら身動きが取れない!」


 そもそもわたし、剣も杖も持っていない丸腰だったわ。

 あるのは手首に紐で括りつけている『聖水』の小瓶くらい?『狂騒ポーション』はインベントリーに仕舞い込んじゃったし。


「い~や~! お姉さまったら、私を1人置いて逃げるつもりなんでしょ! そうはさせないんだから!」


 ますます力強く腰に手を回してくる≪セリー≫。


「そんなことするわけないじゃん……。そもそもほら、わたしたちってさっきの罠対策の時に、ロープでつながったままなの忘れているでしょ。逃げようと思っても逃げられないって」


『だからワイを無視するなやっ!』


 再び声がする。

 野太い……おっさん?


 そっと背後の様子を窺ってみても、やっぱり誰もいない。


「さっきから誰……?」


 まさか、目に見えない……ゴースト……が声を発するわけないよね。神話クラスのモンスターじゃない限り人語を介さないし、そんな大物がこんな浅い階層にいるわけないし。


「お姉さま、どうかしたの? さっきからキョロキョロしちゃって」


「ん、ほら、さっきからなんかおっさんの声がするじゃない? ここにはほかに誰もいないんだし、さすがにわたしたちに向かって話しかけているんでしょ」


 人違いってことはないでしょうし。


「おっさんの声?」


『ワイはお前に話しかけているんや』


「ほらまた。え……もしかして≪セリー≫には聞こえてない?」


 ≪セリー≫は首を傾げるばかり。

 ということは、わたしだけに聞こえている声、か……。


【声帯による発声ではなく、≪アルミちゃん≫の脳内に直接呼びかけてきている思念波のようなものだと思われます】


「≪サポちゃん≫には聞こえているのね?」


【≪アルミちゃん≫の脳のモニタリングによって会話をキャッチしています。配信上にも脳内会話として変換し、流すようにしました】


「つまり≪セリー≫だけが聞こえない会話、と。あ、そうか。≪セリー≫はわたしの配信のほうからうまいこと会話を拾ってくれる?」


 それでなんとか内容を理解してほしい!


「えっえっ? 配信から?」


 挙動不審になる≪セリー≫。


「なんか≪アサダ≫さんがそんなことを言っていたし、画面を小さく開いて音声をオフにして会話のテキストだけ拾う、みたいなことができるんでしょ?」


『ワイの声、聞こえとるんやろ? なんとか言うたらどうなんや?』


 ちょっと黙ってて! 今取り込み中だから!


「そんなの無理よ……。お姉さまの配信は、ソファに座ってココアを飲みながらゆっくり見るって決めてるのよ」


「優雅ね! でも今は緊急事態だからなんとかがんばって!」


「2つ同時になんて無理よ……。ココアもないし」


 ≪セリー≫は首を振るばかり。


 んー、このポンコツ義妹は放置決定!

 まずはおっさんの声をなんとかしないとヤバいし。


「それで≪サポちゃん≫。これはどうしたら良いの? このおっさん声と会話する方法ってわかる? そもそもこれは何? 見えない敵?」


 少なくともこっちの声は届いていなさそうだし、わたしの心の声も届いていなさそう。こっちからは会話の手段がわからないのに、一方的に話しかけられている感じ……。


【敵か味方かは判断しかねます。しかし、会話する方法はわかります】


「おお。どうやれば良いの?」


【先ほど≪アルミちゃん≫が床に置いたノートを手に取ってください】


 ノート?

 ああ、そこにある、いかにも罠っぽいノートのことね。


「もしかして、話しかけてきているのって……これ?」


【そうです。そのノートから≪アルミちゃん≫の脳内へと思念波が発信されていることを確認しています】


 マジか。

 さっき手に取っちゃったから、もうすでに呪われていたんだわ……。


『おい、ワイを無視するとひどいで? このまま一生お前の脳内に住みついたろか?』


「それは困る……」


『歌でも歌ったろか?』


「やめてほしい。おっさんの歌なんてお金を払っても聞きたくない……」


 わかった、わかりました。ノートを手に取れば良いのよね。


 腰にまとわりつく≪セリー≫を引き剥がし、しゃがみこんで呪いのノートを手に取った。


「これで良い? ノートのおっさん、聞こえてる?」


『お、やっと会話する気になったんか。姉ちゃん、ちと待たせ過ぎやで』


 どうやら会話のチャンネルらしきものが繋がったみたい。

 ≪サポちゃん≫の言う通り、おっさんの声の正体はこの呪いのノートでした、と。


「勝手に話しかけてきておいてよく言うわ。わたしの都合も考えて」


『ワイはここで人が通りかかるのをずっと待っていたんや。姉ちゃんの都合なんて知るかかいな』


「こんな隠し通路に人が通りかかるわけないでしょ……。もっと目立つところにいなさいよ……」


『ワイにも事情があるんや。聴いてくれるか?』


【クエストの発生を確認しました。「マイケル=アルバレイウスの日記」を受託しますか?】


 クエストかあ。

 まあ、これを受けないと脳内でずっと歌を歌われるんでしょ。実質強制イベントだよね……。


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