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第6話 貴重な20代後半はしあわせな時だったのか?

「ではそろそろこの話をお受けいただけるか、意思確認をしてもよろしいでしょうか?」


 お、急にきたね。

 さて、どうしようかなあ。


「もしお受けいただけるのであれば、オーラムオンラインサービス終了に合わせて、オーラムオンラインPhase.2にデータをコピー転送し、オーラムオンラインPhase.2用にデータをコンバートします。そのうえで自動で再ログインの形で進めさせていただこうと思っています」


「わたしがすることはなし?」


「何もありません。このままAO最期の時を見守っていただければと思います」


「雇用契約書とか……」


「もちろんございます。正確には準委任契約のような……いわゆるタレント契約というものになりますが、契約書をご覧になりますか?」


「えっ、タレント⁉ わたし芸能人みたいな感じになるの? い、一応目を通しておこうかな……」


 VTuberってそういう感じなんだ?

 急にタレントとか言われても……照れるな。ぐふふ♡


「こちらです。10万文字ほどありますので、要約したものをご覧ください」


「10万文字って……。もしかしてわたし……なんか騙されている?」


 あやしい……急にあやしい……。

 じろり。


「いやだな~。≪アルミちゃん≫様の大ファンの私が、≪アルミちゃん≫様を騙すわけないじゃないですか。≪アルミちゃん≫様にぴったりのユニーク職業『配信者ストリーマー』をご用意するのに、私が会社とどれだけ戦ったことか!」


「えっ、あ、そうなんですか……。それは知らず……。あれ? でもわたし、今日ログインしたのって超偶然なんですけど? もしサ終のお知らせメールに気づかなかったらどうなっちゃっていたんでしょうか……?」


 ≪オーラム≫さんがそんなにがんばってくれていたなんて知らなかったですし、まったく気づかずにサ終してたらこの話はなかったことに?


「問題ありません。明日……もう本日ですが、≪アルミちゃん≫様の出社すべき会社がなくなることは既定路線でしたので、その連絡に割り込む形でご案内する予定でした」


 既定路線こわっ。

 わたしの会社ってもうずいぶん前から終わる運命だったの……。


「偶然ですね。オーラムオンラインサービス終了と同日に無職になるなんて♪」


 すっごく胡散臭いです……。

 いやでもなあ、社長が逮捕されただけだし、わたし、まだ無職になったわけでは……。


「ワンマン経営の御社は、この後とある会社に事業譲渡をすることになります。その際に管理職を残して、一般の従業員は全員、会社都合で解雇される予定です」


 まさかの解雇予告!

 今日初めて会ったAOのGMに解雇予告された!


 社長が逮捕されたらなくなる仕事……。

 わたしのやってきた5年間ってなんだったんだろう……。


「心中お察しします。しかし、私は逆にチャンスだと思っています」


「チャンス、ですか……?」


「有海様は5年前まで、≪アルミちゃん≫というキャラクターとともに、ここオーラムオンラインの世界で華々しい活躍をされておりました。それが様々な事情から、ここを離れなければいけなくなった」


 あー、はい……。

 つらかったです……。

 主に世間体という名の理不尽さと戦ってのことでしたが……。


「5年もの間、超ブラック企業でとても精力的に働かれたと思います。いいえ、がんばり過ぎだと思いました。見ていて心が痛かった……」


 見て、いたんですね。

 どうやって、とかはもう聞かないですけど。


「この5年間、ただ会社の歯車として働かれていましたね。指示通り、部長の無茶ぶりに耐えながら……」


 まさにそう……。

 理不尽なこと、矛盾したこと、意味のないこと……いっぱいあった……。


「貴重な20代後半を能面のような顔で過ごされて……このままでは行き遅れに」


「それは余計なお世話です! まだギリギリ間に合うもん!」


 まだ29歳だし!

 まだいけるし!

 誰が行き遅れのお局かっ!


「失礼いたしました。ですが、幸福な5年間ではなかった。それは間違いないですね?」


 幸福か?

 YesかNoかで答えるなら――。


「幸福ではなかったですね……」


 すごくつらかったし、その結果がこれ。何も残らなかった……。

 何かの技術が身に付いたわけでも、知識が増えたわけでもなく、ただ生きるための日銭を稼いでいた。貯金が増えるほどお給料をもらっていたわけでもなく……何も残らなかったね……。


「私は、有海様にしあわせになってほしいのです。心の底からそう願っています」


「なんでそんなにわたしのことを気にしてくれるんですか?」


「大ファンだからです」


 またそれ……。

 やっぱり、わたしのストーカー?


「≪オーラム≫さんの中身って男性ですか? もしかして出逢い目的?」


 わたしにそんなストーキングされるほどの価値はあるのかわからないけど……。


「私に性別はありません」


「性別がない? ジェンダー的なあれですか?」


 まあ、性別『その他』って欄があるのを見かける機会も増えてきたし、そういう人もいるよね。


「いいえ、私は人間ではありませんので、性別がないのです」


 えっ、人間じゃないってどういうこと⁉


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