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エルフ、武器作りを学ぶ。そして……

 ガドーさんの工房へは三日ほどの道のりだった。街にほど近い山の中で、とても気持ちの良い場所だ。その周囲にあるいくつかの小屋は、それぞれ弟子の住まいとして使わせているという。

「結構、儲かってるんだ。うちで作る武器は、どれもそこそこ値が張るからな。ちょうど弟子が独り立ちして空いた小屋があるから、そこを使っていい」

 俺はガドーさんに指示された空き小屋に住むことになった。そうして、鍛冶屋の見習いとしての修業が始まった。


 それからまた四十年の歳月が流れた。

 ヴォルダさんのもとへは時折、訪れていたが、あるとき亡くなり、ガドーさんとふたりで葬儀に参列した。俺は鍛造技術など鍛冶屋として必要な技術を学び続け、剣に限らず、様々な武器を作れるようになった。売り物になるような剣を打つころには、「エルフの細腕でも、何とかなるもんだな」と、ガドーさんは目を細めていた。

 そんなあるとき、意外な客がやってきた。勇者を名乗る少年が、不思議なものを持って現れたのだ。

「なんだこりゃ?見たこともない金属だが」

 ガドーさんは、勇者が机の上に置いたものを、興味深そうにしげしげと眺めた。

「オリハルコンです」

「オリハルコンって言や、伝説の金属じゃねえか。本物か?」

 ガドーさんが驚き声を上げると、勇者は首肯する。

「はい。ガドーさんなら、鍛造できるのではと聞きまして」

「確かに、その辺の鍛冶屋にゃ荷が重いだろうな」

 筋肉を蓄えた太い腕を組み、ガドーさんはオリハルコンを睨んだ。

「お願いします。魔王を倒すために必要なんです」

 そう頼み込む勇者に対して、カドーさんは口元を緩ませた。

「せっかくこんなとこまで来てもらったんだ。魔王を倒せるようにきっちり仕上げねぇとな」

「では、引き受けていただけるんですね」

 勇者は喜びに弾んだ声を上げる。

「おぅよ。歴史に残る名剣にしねえとな。カルミナ!工房の準備だ」

「はい!」

 そんな痺れるやり取りを見ていた俺は、胸の高鳴るまま走り出し、工房へ駆け込んだ。

 それからはまるで戦いだった。ガドーさんは渾身の力でハンマーを振るい、オリハルコンを成形していった。他の弟子たちも周囲で見守ったが、鬼気迫るその姿に誰もが息を飲んだ。そうして一振りの剣が産声を上げた。勇者はそれを手に、魔王討伐の旅へと戻っていった。

 それからしばらく、俺は心ここにあらずだった。そんな様子を一度も見せたことがなかったので、ガドーさんも心配になったらしい。

「どうした。最近、元気がねえじゃねえか」

と、声をかけてきた。それを潮に、俺は自分の胸の内を話すことにした。

「俺はここで武器作りの技術を学んで、ずいぶん経ちます」

「ああ。もう長いな。最初はいかにも素人だったが、今となっちゃ、いや、まあ、なんだ。俺と遜色ないかもしれねえ」

 褒めることが苦手な人だ。思わず笑みが漏れ「俺なんてまだまだですよ」と返したが、今、捉われている考えを伝えねばと口を開いた。

「俺は武器を使う目的など考えていませんでした。それを勇者に教えられたのです。平和を取り戻すために、俺も武器を取るべきだと気づきました」

「そうか。行くか」

 淡々とした言葉だったが、そこに温かみと寂しさを感じたのは、長い時間を共に過ごしたが故だろう。

「はい。それでひとつ、お願いがあります」

「なんだ」

「勇者の剣を作ったオリハルコンが少し残っています。これを矢尻として使いたいのです」

「ああ、いいぜ。捨てるにはもったいないが、使い道がなかったからな」

 俺の身勝手な頼みにも、ガドーさんは快く応えてくれた。俺は工房でオリハルコン加工し、矢尻を作った。できた矢は三本。その矢筈を赤く塗って識別できるようにし、矢筒の中へ入れた。

「じゃあな。いい知らせを待ってるぞ」

「はい」

「これは餞別だ。オリハルコンの剣ほどじゃないが」

 そう言ってカドーさんは、一本の剣を俺に手渡した。それは以前、「こいつは出来が良すぎてな。売るのはもったいねえ」と言って見せてくれたものだった。

「ありがとうございます」

 俺はガドーさんに感謝を伝え、工房をあとにした。


 その後、勇者のあとを追ったが、なかなか追いつくことはできなかった。通りかかる街や村で話を聞くと、距離は縮まっているのだが、勇者の背中を見つけることはできない。

 結局、魔王城まで来てしまった。城を守る魔族や魔物たちは、さほど強くはなく、ガドーさんの剣のおかげもあり、問題なく突破することができた。きっと主だった敵は、勇者が倒していたのだろう。奥へと進み、玉座の間まで辿り着くと、大きな扉の向こうに魔王の姿が見えた。禍々しい姿をしたそれは、傷ついた勇者に今にも襲い掛からんとしていた。

 俺はオリハルコンの矢をつがえ、狙いを定めて撃った。解き放たれた矢は、真っすぐ魔王をめがけて飛び、その頭部を貫く。しかし何事もなかったかのように、勇者に対峙している。それで俺は二射目の構えを取ったが、定めた狙いの先で驚くべきことが起きた。魔王が倒れたのだ。


 あれ、死んだ?こんな簡単に?


 いや、まさかと思いつつ、しかしオリハルコンの矢である。命中すればそんなこともあるのかもしれない。何気なく勇者の方を見ると、向こうもこちらを見ていた。

 まずい。

 反射的にそう思った俺は、扉の陰に身を隠し、手近な窓から外へ出て、逃げるように魔王城から立ち去った。


「そうですか。あなたが魔王を」

 俺は魔王城で起きたことを相談するため、クノーさんのもとへ戻っていた。もちろん、ガドーさんに挨拶をし、道場へ顔を出してからだ。その道すがら、何度も勇者が魔王を倒したとの報に触れ、気まずい思いをしっぱなしだった。

「いえ、はっきりとはわかりませんが。いずれにせよ、余計なことをしてしました」

「そんなことはありません。勇者さんが危険だったのでしょう?問題ありませんよ」

「しかし、もし私が魔王を倒してしまっていたとなれば、勇者の面目が立ちません」

「それはどうでしょう。魔王が倒され、勇者さんが帰ってきた。そこから人々が導き出す結果はひとつです。勇者さんもそれを否定できませんよ」

 そう諭され、俺は心が軽くなった。

「これから、どうするんです?」

 クノーさんの問いかけに、俺の心は決まっていた。

「平和な時代になりましたし、弓矢に剣、武器作りは学びましたから、武芸からは一旦、離れようと思います」

「そうですか」

「はい。なので、これからは料理の勉強をします」

「ほう……」

 クノーさんはピンとこないようだったが、俺は料理への熱意を力説する。

「おいしくない料理を食べていると、気分が沈むんです。野営のときの俺の料理なんて、それはひどいもので。だから、ちゃんとした料理を作れるようになりたいんです。人間の作るものは特においしいですから、街のレストランに行って、修業させてもらおうと思っています」

「そうですか。そのような視点はありませんでした。修業が終わったら、ぜひ、あなたの作った料理を食べさせてくださいね」

 穏やかな笑顔を見せるクノーさんに、俺は「はい!」と、元気よく返事をした。

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