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エルフ、剣を学ぶ

 旅は順調だった。途中で出会った魔物も、連日の野営も、クノーさんの教えを駆使し、容易に切り抜けることができた。そうして道場のある村へ着くのに、十日ほどを要した。

 村の入り口近くで見かけた農作業中の人間に、道場の場所を聞いてみると、不審げな目を向けながらも「あっちだよ」と指さして教えてくれた。礼を言ってそちらへ行くと、若い男女や子どもを相手に、ひとりの男が剣の指導をしている。邪魔しては悪いので、俺が少し離れたところから見ていると、男がこちらへ近づいてきた。

「なあ、あんた、その、エルフだよな。俺に何か用か?」

「はい、こちらで剣術を教えていただけると聞きまして」

「エルフが剣術?」

 男は不思議そうな顔をした。

「はい。弓矢については一通りの技量を身につけましたので、次は接近戦の技術をと思いまして」

 そう言って俺は、ギルドからの紹介状を見せた。

「はあ、なるほど、あの街からか。他にも来ているヤツはいるが……」

 どうも歯切れが悪い。エルフだから、人間の貨幣文化に疎いと思われているのかもしれないと考え、俺は「ちゃんと授業料は払いますので」と伝えた。

「いや、金の心配はしてないんだが……まあいいか。俺はヴォルダだ、よろしくな」

 まだ要領を得ないようではあったが、ヴォルダさんが名乗って握手を求めてくれたので、俺はそれに応じた。

「道場に通うのはいいが、お前さん、家はどうするんだ?」

「これから探します」

「そうか。だったら、どっか空きがないか聞いてくるよ。他の門下生のときもそうしてるから」

 ヴォルダさんは率先して家探しをしてくれ、ほどなくして住む場所が決まった。道場から近い農家の離れで、食事も出してくれるという。家賃がいくらか聞くと、農業を手伝ってもらった方が助かるというので、そうすることにした。

 その日以来、俺はヴォルダさんのもと、剣技の習得に勤しんだ。最初は戸惑っていたヴォルダさんも、俺がひたむきに訓練に打ち込む姿に、ようやく純粋に剣の技術を学びたいことを納得したと明かしてくれた。

「俺もそれなりに長く冒険者をやったが、エルフを見たのは初めてだったからびっくりしたんだよ。しかもそいつが剣を教えてくれなんて言うから、どういうつもりか分からなくてな。でも、あんまり真面目で驚いたよ。エルフってのはもっとこう、つんけんしてるのかと思ってたから」

 ヴォルダさんの抱いていたイメージは間違いではない。しかし、自分は例外だと言うのも違う気がしたので、俺は笑顔を返しただけで黙っていた。


 そうして三十年ほどが経った。

 その日、俺はアーティの稽古の仕上げに付き合っていた。実戦さながらに剣戟を交わし、その精度を確認する。アーティはヴォルダさんの孫で、翌日には冒険者としての旅立ちを控えていた。

「これなら魔物とも充分、戦えるだろう。いよいよ明日だな。疲れを残さないよう、はやめに休みなさい」

「はい、ありがとうございました」

 ヴォルダさんはその様子を、少し離れた場所から見つめていた。ニコニコと笑顔を見せていたが、別れが迫る寂しさも帯びている。

「グレイベアだ。グレイベアがでたぞぉ!」

 俺は少ししんみりした空気に浸っていたが、森からの大声でそれは吹き飛び、一気に緊張が走る。声の方を見ると、村の男がつんのめりながら駆け戻ってきていた。

「なんです?グレイベアって」

 俺はヴォルダさんに訊いた。

「ああ、森の奥にいる魔獣だ。普段は滅多に姿を見せないんだが、ごく稀に村の近くまで出てくることがあってな。前回は俺がどうにか撃退したんだが、老いには勝てんからな……」

 ヴォルダさんはその言葉に、悔しさを滲ませていた。いまだかくしゃくと剣の指導をしてはいるが、すでに七十を越え、実践となると衰えを隠すことはできない。

「では、俺が行きましょう」

 抜身の剣を鞘に納めて腰に差し、俺ははやくも走り出していた。

「お、おい、待て、カルミナ」

「大丈夫です。今の俺ならやれますよ」

 呼び止めるヴォルダさんを振り返って声をかけ、俺は森の中へと入っていった。

 周囲に警戒しながら進むと、グレイベアはすぐに見つかった。大きな体で、隠れるような様子もなく、悠然と森の中を闊歩している。弓矢を持って来なかったのは失敗だったが、剣だけでも充分やれるはずだ。俺はグレイベアに近づくと、胴体めがけて素早く切りかかった。

 しかし、グレイベアにぶつかった刀身は、真っ二つに折れてしまう。切っ先を失った剣を呆然と見つめていると、グレイベアはうなりを上げてこちらに向かってきた。すぐに正気づいて身をかわしたが、こちらには戦える武器がない。折れた剣で切りつけることも考えたが、やはりそれは無謀というものだ。

 勝ち目がないのであれば引くしかない。村にグレイベアを引きつけないようにしなければと考えていると、

「おい、これを使え」

と、後方から聞き慣れない声がした。そちらを見ると、何か細長い物体が飛んでくる。

 剣だ。

 俺はそれを受け取り鞘から抜くと、迫りくるグレイベアを身をよじってかわしながら、胴体に切りつけた。今度はきれいに胴体を切り裂き、倒れたグレイベアは痛みによる咆哮で森を揺らす。俺はとどめを刺すべく、のたうち回るグレイベアの頭部側へまわり込み、首を切り落とした。

「どうだ俺の剣は。よく切れるだろう?」

 そう言ったのは、がっしりとした小男だった。

「間に合ってよかった。訓練用の剣を持って行っちまったときは肝を冷やしたぞ」

 隣にいたヴォルダさんは、老いた体で必死に走ったせいなのか、俺を心配したからなのか、青い顔をしていた。

「すみません。ヴォルダさんに教えてもらった剣技で何とかなると思ったものですから……」

「剣技だけではダメだ。それに見合う武器がなくてはな」

 肩を落とす俺に、小男は冷淡だった。

 小男はガドーという名のドワーフだった。アーティのためにヴォルダさんが依頼した剣を持ってきたという。以前にも何度か剣の制作を依頼していて、いままではヴォルダさんが工房に出向いていたのだが、今回は寄る年波に勝てず、ガドーさんに持ってきてもらったそうだ。

 俺はふたりを自分の家へ招いてお茶を出し、剣の手入れをする。グレイベアを倒す際にガドーさんから投げ渡されたこの剣こそ、ヴォルダさんが依頼したものだった。もちろん、すぐに一通り刀身を拭いてはいたが、アーティへのはなむけの品に汚れひとつ残すわけにはいかない。それにサプライズのプレゼントとのことだったので、俺は自分の家で作業することにしたのだった。

「あなたがこの剣を作ったのですか?」

「そうだ」

 俺は手入れをしながら、その剣を入念に眺めた。訓練で使っていた剣とはまるで別物だ。それは、実際に振るったときによく分かった。切りつけるというより、その場所へ剣を通すような感覚。戦う術のことばかりで、戦うために使うもののことなど、あまり考えたことがなかった。俺は自分の中に大きな欠落を見つけたような気がして、それを埋めたいと思った。

「あの、どうか俺に、武器作りの技術を教えてもらえませんか?」

 俺は率直に、自分の考えを伝えた。

「俺は弓矢と剣の技術を身に着けてきましたが、今度は自分の武芸を発揮するための武器作りを身につけたいのです」

「身につけたいって、お前エルフだろ?エルフが武器作りなんて聞いたことがない」

 ガドーさんはそっけなく断ったが、ヴォルダさんはニヤリとする。

「エルフがドワーフに弟子入りか。こいつは面白い」

「いや、しかし……」

 うろたえだすガドーさんを見て、ヴォルダさんはいよいよ派手に笑った。

「いいじゃないか。こいつが俺のところに来たときだって、あんたのように戸惑ったもんだ。なんでエルフが剣を学びたいんだってな。それでも、あんたの剣があったとはいえ、あのグレイベアを軽く仕留めるほどになった。鍛冶屋としても相当なもんになるはずさ」

「う~ん、俺にはよくわからんが、お前がそこまで言うなら……」

 ガドーさんは、まだ腑に落ちない様子を見せていたが、結局、俺を弟子にしてくれることになった。

 翌日、俺たちはアーティの旅立ちを見送った。剣のプレゼントにアーティは大喜びして祖父に抱きつき、ふたりは人目もはばからず涙を流した。

 村を出るアーティの姿が消えるのを見届けると、ヴォルダさんは俺の方へ向いた。

「さあ、お前ともお別れだ。今まで楽しかったよ。最初はどうなることかと思ったがな。今度この道場を継ぐために、息子が冒険者やめて戻ってくるんだ。俺もそれまでは頑張らないとな」

「ヴォルダさんならまだまだ大丈夫ですよ」

 そう言った俺の言葉に、ヴォルダさんは目を伏せた。

「年は取りたくないもんだ。いや、こんなこと、お前に言うべきじゃないな。頑張れよ。それと、たまには戻って来い。これが今生の別れになるのは寂しいからな」

「はい、必ず」

 最後は笑顔で、ヴォルダさんと握手を交わした。

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