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このエルフ勤勉につき
このエルフ勤勉につき
ネギマスキ
異世界ファンタジースローライフ
2025年01月23日
公開日
9,999字
完結済
エルフの村で、エルフの両親のもと、何不自由なく育ったカルミナ。彼は、五十歳を越えたころから、周囲のエルフの怠惰ぶりに嫌気がさしていた。しかし、長命種であるエルフの五十歳と言えばまだ子ども。大人から相手にされず困ったカルミナは、村はずれに住む元冒険者エルフのもとを訪れる。

エルフ、弓矢を学ぶ

「それで何の用ですか?」

「あの、クノーさんに弓矢の技術を教えていただきたくて……」

 俺はどぎまぎしながら、そう答えた。

 エルフの村で、エルフの両親の間に生まれた俺は、特に不自由を感じることなく成長した。村の生活は穏やかで、不満に思うところは一切なかった。しかし、齢五十を越えたころから、ある疑念が胸の内で渦巻き始めた。


 この村での生活は、時間を無駄にし過ぎているのでは?


 穏やかに暮らしている、と言えば聞こえはいいが、実際のところ、何もしていない時間が多すぎるのではないか。もちろん年長者たちは、豊かな知恵を持っているし、弓矢の技術は優れている。しかしそれも、本来ならもっと高められているべきものではないのか。そんな考えが頭を離れなくなっていた。そうして何年かの間、思い悩んだ俺は、村はずれにあるクノーさんの家を訪れ、教えを乞うことにしたのだ。

 クノーさんはエルフとしては珍しく、人間などとも交流があり、以前は冒険者として身を立てていたと聞く。弓矢の腕は、若いころから村の中でも群を抜いており、その力を試してみたいと、外の世界へ飛び出して行ったらしい。村では変わり者扱いされているが、むしろそれが正しい在り方なのではないかと、俺は常々考えていた。

 名を告げて、弓矢の技術を教えてほしいと伝えた俺の顔を、クノーさんはまじまじと見つめる。優しげな表情を浮かべていたが、その目つきは村のエルフとはどこか質を異にしていた。

「カルミナさんといいましたか。今おいくつですか」

「はい、先日、五十五になりました」

「そうですか。まあ、お入りなさい。お茶でも淹れましょう」

「お、お邪魔します」

 クノーさんがドアを抑えている玄関を抜けて、俺は家の中へ入った。

 入ってすぐの部屋で、俺は簡素な丸テーブルの脇にある椅子のひとつに座った。奥に引っ込んだクノーさんが、お茶を持って現れるまでの間も、緊張しっぱなしで胸が痛むほどだった。

「五十五歳というと、まだ村では子ども扱いでしょう」

「そうなんです。うちの親は特に過保護で、いまだ狩りにも連れて行ってもらえません」

「親なんてものは、どこでもそう変わりませんよ」

 クノーさんはそう言って微笑を浮かべたが、すぐ真剣なまなざしを俺に向けた。

「しかし、例えば人間で言えば、あなたほどの年であれば、もう老年に差し掛かるころです。私の出会った人間たちには、驚くべき技術を身につけた者もいました」

 俺はひどく心をかき乱される思いがした。この人は分かっている。エルフがどれほど怠惰に時を過ごしているかを。そして俺の焦りも。

「俺は……その……時間を無駄にしたくないんです。まだ子どもかもしれませんが、何もできないままでいたくないんです!」

 高ぶる感情のせいで、思わず声が大きくなった。そんな俺を目にしても、クノーさんは落ち着き払っていた。

「お茶をどうぞ。せっかく淹れたのですから」

 そう言われ、俺は震える手でカップの取っ手を掴み、お茶を口の中に流し入れた。ほのかな酸味と清涼感で、顔の火照りがすっと静まるような気がした。

「なにも人間の真似をしろというのではありません。彼らと我々の間には大きな違いがありますからね。しかし見習うべきところは多々あります。あなたはもう、そのことをお分かりのようですね」

「たぶん……そうだと思います」

 元気よく「はい」と返事すべきところだったかもしれないが、俺はそこまで無邪気になれなかった。失敗したと思わず俯くと、

「私は子ども扱いしませんが、よろしいですか?」

と聞こえ、思わず顔を上げた。

「では、ご指導いただけると……」

「ええ」

「あ……ありがとうございます」

 俺はうれしさに震えながら頭を下げた。これから弓矢の技術を磨いて、はやく一人前のエルフに、そしてさらに上を目指すのだ。


 それからというもの、俺はクノーさんのもとで研鑽に明け暮れた。最初は不審がっていた両親は、弟が産まれたころから何も言わなくなった。単に変人と見限られただけのような気もする。が、それで支障はなかった。

 クノーさんからの指導は弓矢の技術だけにとどまらなかった。冒険者としての心得や野営の仕方、人間の街での振る舞い方など多岐にわたる。そして、俺が初めてクノーさんのもとを訪れて五十年もするころには、多くの実戦経験を積み重ねていた。人間の街のギルドで依頼を受け、多くの討伐をこなしたのだ。それで得た金の使い方なども、クノーさんは教えてくれた。

 この日はゴブリン退治の依頼を受け、街の東にある岩場にいた。適当な岩陰に隠れながら獲物の様子をうかがうと、四体のゴブリンが昼下がりのくつろぎを貪っている。これなら楽勝だ。俺は岩陰から出て、油断しているゴブリンの頭を、まず一体、確実に射貫く。それに驚いた他のゴブリンたちが逃げ始めるが、もちろんそれは想定通りのこと。準備していた矢を次々つがえては放ち、残りの三体も仕留めた。

「よし」

 俺は小さくつぶやいて、状態を確認するため、小走りで獲物のもとへ駆け寄ろうとした。するとそこへ、横から蛇が飛び出してきた。

「わっ!」

 どうにかその特攻を交わしたが、着地した蛇とにらみ合いになる。俺は矢筒に手を伸ばし弓をつがえようとしたが、相手の第二撃の方が速い。再び飛び掛かってくる蛇に対して両腕を上げて防御姿勢をとったが、しかし嚙みつかれることはなかった。

「危ないところでしたね」

 クノーさんの声だ。腕を降ろして周囲をうかがうと、蛇はクノーさんの矢で木の幹にはりつけにされていた。

 ゴブリンたちは、四体とも俺の矢によって絶命していた。

「依頼はこれで達成ですね。戻りましょう」

「ええ……」

 覇気なく俺は答え、ふたりでギルドへ向かった。

 依頼の完了を伝え、クノーさんの家へ戻った。俺はお茶を淹れ、先に座っていたクノーさんの前に置き、自分も座る。これもクノーさんに教わり、「君が淹れた方がおいしいですから」と言われて以来、俺の役割になっていた。

 他愛もない話をしたあとで、俺は自分が今後すべきと感じたことを話すことにした。

「クノーさん。俺はクノーさんのおかげで、弓矢の技術は格段に向上したと思います」

「そうですね。今では私より上でしょう」

「いえ、そんなことは……」

 とっさに謙遜したが、わざわざお世辞を言うような間柄でもない。認めてくれていることは素直にうれしかったが、俺は神妙に言葉を続けた。

「ですが、今日は危うく蛇にやられるところでした。もちろん俺の油断がもとではありますが、剣を使えれば切り伏せることができたと思うのです」

「なるほど、剣ですか」

「はい。どんな状況でも相手と戦えるよう、接近戦の技術も身につけたいのです」

 こんなことを言って、クノーさんはどう思うだろうか。今まで弓矢を教えてきたことを否定するのかと怒られるかもしれない。内心びくびくしていたが杞憂だった。

「それもよいでしょう。新たな挑戦をする時期なのかもしれません。ギルドへ行って訊いてみることにしましょう」

 クノーさんは理解を示してくれた。が、続けて俺が考えてもみなかったことを口にする。

「しかし、よいですか?おそらく親元を離れ、新たな環境で生活することになります。その覚悟はできていますか?」

 ひとりで暮らし、剣技を教わるための生活を始める。それに、クノーさんのもとも離れることになる。そう考えると寂しさや不安がないではない。しかし、決意と意気込みの方が断然強かった。

「大丈夫です。親にも話して、許可をもらってきます」

「そうですか。では準備ができたら、またうちへ来なさい」

「はい。それでは失礼します」

 家へ戻った俺は、その日のうちに、剣技を学ぶために村を離れたいと両親に伝えた。ふたりは思いのほかあっさりと、俺の申し出を受け入れてくれた。ひょっとしたら、変人を厄介払い出来てよかったとでも思ったのかもしれない。すぐさま準備をし始め、翌日、クノーさんのもとへ戻った。「もう少し時間をかけてもよかったのですが」と呆れられたが、ふたりでギルドへ行き、ある村で引退した腕利きの冒険者が道場を開いていると紹介してもらった。

「それでは、ここでお別れですね。これは餞別です」

 クノーさんはそう言って袋を差し出した。何気なく受け取ってしまったが、中にはたくさんのお金が入っていた。

「あなたと折半していた依頼の報酬です。使ってください」

「そんな。いただけません」

 俺がどうにか返そうとするが、クノーさんは受け取ろうとしてくれない。

「いいんです。私が持っていても使い道がありませんから。それに、あなたといて、私も元気をもらいました。まだまだ老け込む年ではないと気づかされましたよ」

「クノーさん……」

 そう言われてしまってはかなわない。俺は袋を大事に抱えながら「ありがとうございます。行ってきます」と頭を下げ、クノーさんと別れた。

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