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2節「不穏」

かち、かち、かち……と時計の秒針が時を刻む単調な音だけが暗闇の中で響いている。それは最初、何かの夢を見ていてその中で聞こえている音なのだろうと思っていたが、そうでは無いようだった。うっすらと目を開いてぼんやりと壁の時計を見遣れば、時刻は午前三時を指していた。……どうやら、こんな深夜に目が覚めてしまったらしい。朝までまだ時間があるし、こんな深夜に起きているのは悪いことをしているようで気が引けるし……もう一度眠りにつこう、そう思案したところでふと違和感に気付く。……なんだろう、ベッドが広い気がして。広い、といってもベッド自体はいつもレナが寝ている自分のシングルベッドで、それに変わりはない。だが、何故か広いように感じるのだ。それに、なんだか布団が軽い。そしていつもより温かみが無い。……この違和感は一体……。



「……ロゼ…?」



寝ぼけた頭で思案するより先に、そう口走っていた。……そうか、ロゼが居ないのだ。自分の上で丸まって寝ていた筈の、ロゼが見当たらない。ベッドから落ちてしまったのだろうか。……そう思って目を擦りながら起き上がり、ベッド周辺を見渡すが……ロゼの姿は、見当たらなかった。


……何か、胸騒ぎがする。


レナはどくんどくん、と煩く騒ぐ胸の鼓動を抑えて部屋の灯りをつけて探す。

ロゼは本当にレナに懐いていた。この家の誰よりも。今までも幾度となくロゼと一緒に夜を過ごしたが、ロゼがレナの部屋から勝手に居なくなることは勿論、ベッドから落ちることすら無かった。それなのに、今、こうやって一生懸命探しても…自分の部屋の何処にもロゼの姿は無いのだ。ロゼは、一体何処へ…?

……嫌な汗が流れる。

ふと目線をドアの方に向けると、ドアがほんの数センチだけ開いていることに気付く。

どくん。心臓の鼓動が、より一層強くなる。


『───夜は自分のお部屋から出ちゃ駄目よ』


母親の咎める声がリフレインする。

…それでも。…それでも、レナはじっとしていることが出来なかった。

いやに冷たいドアノブに手を掛けて、暗闇の廊下へ飛び出す。ひたり、と刺すような冷たさの廊下の感触が、親の言いつけを破って悪いことをしている!と脳の中で騒ぎ立てて鼓動を速めさせる。…まだ時間は三時を回ったところだ。両親も、恐らく眠りについているだろう。先ずは一階をぐるりと見て回って、それから───。



キャイン!



階下から、犬の叫ぶような鳴き声が聞こえた。


それは、ロゼの声によく似ていた。

ロゼは賢い犬だ。無闇矢鱈に鳴いたり騒いだりすることはない。……そんなロゼが、泣き叫ぶような、そんな声を出している…?……何かあったに違いない。誰かに襲われたのだろうか。まさか強盗?

……「自分の家に限って」なんて、そんな浅はかな考えはできない。この街ではどの家が犯罪の被害に遭っても可笑しくないのだから。

自分に何か出来るのだろうか。こんな幼くて非力な自分に。……いや、自分だけでどうにかしようと思うのが間違いだ。こういう時は大人に頼らなければ。両親を起こそう。ロゼが危険だと伝えよう。……両親の部屋は一階だ。「危険だから階下に降りるな」という言いつけを破るのは心苦しいが……そんなことを言ってはいられない。

レナは決意し、震える足で一階への階段を降りていった。


何故か、嫌な予感は膨れ上がっていく一方だった。階段を一歩踏み出す度に、ばくんばくんと心臓が暴れる。悪いことをしているから緊張している…そんな次元の気持ち悪さではない。なんというか……全身が、「これから最悪な事が起こる」と叫んでいるようで……。


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