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ホムンクルス
ホムンクルス
谷樹 理
ホラー怪談
2025年01月23日
公開日
3,451字
完結済
山奥に暮らす研究者と、ふもとに住む少女の交流の果て

魔女

 幾多の本に埋まったまま生活するのも、もう十年近くなる。

 外にも出ないままたった歳月で、イルリティは、ひたすら資料の解読をし続けていた。 

 人里離れた小屋は巨木の半分を削って、めり込むように造られていた。

 そこに集めた本は、世界各国からのもので年代もバラバラだ。

 乱れた生活は、容姿にも現れていた。

 すでに四十八歳。気まぐれな身だしなみの行為と不摂生で、不潔と言うほどでもないが、それに近く、老けて見える。

 「おばさん、来たよー」

 幼い声少女の声がドア口から届いた。

 「ああ、フルミナ、お入り」

 イルリティは、読んでいる本をそのままに、答えた。

 少女は、白と幾つもの青の滲み状のプリントで飾ったワンピースを着ているのがわかった。一本のおさげ髪で、くりくりした瞳は陽気さを輝かせて、少々痩せた九歳だった。

 両手で、大きめの紙袋を持って、本の間に蜘蛛の巣まで張った小さなワンルームから、狭いキッチンに向かった。

 「お母さんがね、新鮮な魚が安かった別けてあげなって」

 フルミナは袋から、食べ物を次々にキッチンの台に置きながら、言った。

 一緒にホイップクリームののったプリンも、二人分必ず持ってくると決まっていた。

 「何時もすまんね。魚介類は好物だ」

 イルリティはその背を見ていった。

 その視線には嬉しげなものや、羨望、愛でるものなどが混在していた。

 小さな町だが、イルリティの存在は麓どころか町中まで、よくない噂で一杯だった。

 極度に不気味がられて、付近には誰も寄ってくるものがいない。

 イルリティは、昔からそうだった。

 幼少期から、近所の同い年の子供達に馬鹿にされ、侮蔑されて育った。家庭でもだ。

 それが家に籠もりだした理由だが、彼女には青春というものが欠如し、何時も思い出しては複雑な気持ちになる。

 唯一、今はなぜかフルミナという何十歳も離れた子が、彼女の相手をしてくれる。

 友達に肝試しでたずねさせられたところ、気に入ったらしいとのことである。

 それも正直、複雑だが不快には思ってはいなかった。

 「今度はどこの本読んでるの?」

 魚で昼食をつくってくれているらしい、フルミナが積んだ本の塔を避けながら近付いてきた。どうやら煮物系のようだ。

 「んー、古代エジプトの写本」

 イルリティは、簡潔に答えた。

 「また、訳わからないの読んでる」

 フルミナは笑った。

 そして、スプーンを咥えながら、イルリティにプリンを手渡す。

 そのたびにイルリティは、内心げっそりとするものだ。プリンはフルミナの大好物で、イルリティは甘いものは苦手だった。

 何度か言ったがかまわず持ってくるので、今は嫌々ながら、ちびりちびり、口に運ぶ。

 「あとちょっと。もう少しなんだよねぇ・・・・・・」

 「何が?」

 「調べ物」

 「ふ~ん」

 プリンを意識から逃したい一心で、イルリティはキッチンのほうを見る。

 「美味しそうな匂いだね」

 「ふふふ。料理なら任せて」

 「ああ、期待してるよ」

 イルリティは微笑んだ。

 「これでも、お小遣いで、いろんな料理の本買ってためしてるんだからね」

 「料理か・・・・・・ウチにない部類だな」

 それを訊いてフルミナは本の山を眺め、時々目をとめて、題名を読んでみた。

 「怪しい物ばかりだねえ、相変わらず。ホントにそれしかないや」

 フルミナ、おちょくるように不気味がってみせた。

 「たしかに、変なのばかりだよ」

 イルリティは、気分を害した風もなかった。

 「知ってる。魔術の本でしょ?だから、みんなに気味悪がられるんだよ」

 フルミナも悪意なしに口にする。

 「人の趣味に難癖付けるゲスと仲良くなろうと思うかい?虎穴にはいっても虎児はいないよ」

 意地の悪い笑みを浮かべて、イルリティは言う。

 「イルリティは、さすがに度が過ぎてるんだよ。スポーツ選手に例えるならオーバーワークもいいとこだよ」

 「うん、スポーツじゃなくてもオーバーワークって使うね。無理したね、頑張ってみせてやろうとしたね、今の君」

 「いやだなぁ、例えるならだよ、おばちゃん」

 「おもっきり、言いたいことに必要ない言葉だったね」

 「なんのことかな?」

 フルミナは惚けた。

 そして、続ける。

 「噂になってるよ、イルリティは魔術使えるって」

 「この二十一世紀に、何を信じてるんだか。これだから、田舎は」

 嘆息と諦めの混じった息を大きく吐き、イルリティは人を小馬鹿にした

 「思いっきり自分を否定してない、イルリティ?」

 突っ込まれたイルリティは、したり顔になった。

 「信じる事と、事実を認める事は、違うんだよ。あたしは、後者なだけ」

 「・・・・・・この本の魔術、全部事実と認めているって訳?」

 良く分からないという様子で、フルミナは訊いた。

 「思ってない。真偽の区別つけてるし、偽書や誤解の多い世界だから、ほとんど宝探しのパズルだね」

 自分の作業に、やれやれといった風である。

 「結局、そのイルリティのいう魔術って何なの?」

 「あー、あたしはその中の一つを捜してるんだ。それも、普通のやり方じゃない奴」

 「なになに?」

 フルミナは引き込まれるように尋ねてきた。

 「錬金術」

 「あー、知ってる。なんか石から金を作るやつでしょ?」

 フルミナは誇らしげに知識を披露する。

 「すごいね、そうだよ。でも、あたしは賢者の石の作り方を調べてるんじゃないんだけどね」

 「へぇ、じゃあ何?」

 「ホムンクルスを造るの」

 「んー、錬金術って、いろんな薬っていうか、鉱物みたいのつかうんじゃないの?この小屋でやったら、燃えない? 外でやるの?」

 素朴な疑問をフルミナが投げかけてくる。

 やたらと詳し気なのは、言葉の折々をみてイリルティから学んだものだ。

 「あたしが捜してるのは、そういうの使わないやつだよ」

 「へぇ。いろいろあるんだね」

 返事をして少女はキッチンに戻った。

 その背に、イリルティがずっと視線を向けていた。

 何時も何日かおきにフルミナは食べ物を持って、イリルティの家を訪れる。

 なにしろ、無精で不摂生極まりないイリルティである。

 イリルティは毎回、フルミナの訪問を歓迎していた。

 そんな日々のある日彼女が、いつものように食事を作り、窓際にもたれてプリンを食べていると、イリルティは勢い良く本を閉じた。

 その表情には確信が表れていて、不敵な笑みも浮かべていた。

 「・・・・・・フルミナ、ちょっと手伝って欲しい」

 柔らかな声で、イリルティは少女を呼んだ。

 「どうしたの?」

 少女は食べかけのプリンを出っ張りの出来ているサンに置いた。

 「術を行う」

 イリルティは短く行った。

 「え、なになに?」

 好奇心を植え付けられ、フルミナは顔を輝かせた。

 「出来るようになったのっ?」

 「うん。やっと、わかった。後は実行にうつするだけだ」

 「ホムンクルス造るんだね」

 「ああ。明かりを遮断してくれる?暗闇でやるんだ」

 「わかった」

 二箇所あった窓の遮光カーテンを閉め、キッチンへのドアも閉めると、小屋の中は暗闇に近くなったに。

 「こっちにきてくれるか?となりにいてちょうだい」

 フルミナは小さく笑って、薄ぼんやりとした影のそばに立った。

 イリルティが、小さく意味のわからない言葉を発する。

 フルミナは、その音律にゆっくりと酔っていった。

 横のイリルティが何か動作をする。すると、フルミナの心が動揺しつつ、不思議と陶酔に満たされた。

 光輝きをその中で見たと思うと、フルミナはその中心にいた。

 次ぎに身体がまるで自分の物ではないような、浮遊感が湧き、彼女の心は浮かんで行くがままになった。

 やがて、彼女はふと、目を覚ました。

 真っ暗な部屋。

 夜になっていた。

 イリルティの趣味で照明のランプをつけると、その所有者の姿は無かった。

 もう、かなり遅いと思ったフルミナは、イリルティの布団に勝手に入っていった。

 翌朝。

 イリルティの姿はまだ無い。

 フルミナは帰る事にした。

 早朝なので、朝露が付いた草花が輝いて彼女の通り道を飾って見える。

 振り返ると巨木にめり込んだ小屋はみえなかった。

 家は町の郊外にあった。

 平均的な、分譲住宅で、門に鉄索があり、中の脇にはペットの小型犬の小屋があった。

 うるさく鳴くせいで、彼女の朝帰りを、母親が迎える事になった。

 「また、あの女の所に行ったのはいいけど、こんな時間にっ!」

 フルミナは素直に謝り、自室の階段を通り過ぎかけて、昇った。

 「プリン、あたらしく買ってきたわよ」

 母が呼びかけてくるのが聞こえてきた。簡単な言葉の口調だが、優しく慈愛に満ち、彼女を喜ばせようという楽しさが感じられた。

 「いらない。もう、嫌いだから」

 少女は大きな声で返事をした。

 「へぇ、これが、我が家か・・・・・・」

 彼女は続けて独白した。

 もうに、フルミナはいないのだ。

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