そんな手術の一週間後。
解放病棟に移ったレオの病室を、ドロシーとルミエール、クレマリーが訪れた。
……親子水入らずの会話の中に自分達医師が混じってもいいものか、とルミエールは悩んだが、ドロシーが「二人だと気まずいので…」と言うので一緒に見舞う事にしたのだ。
……入院患者が入院患者を見舞う、というのもなかなか変な話である。
「……父さん、その…大丈夫?」
「………。」
ドロシーはそう切り出すも、レオは返事を返さなかった。……以前に「厳しい父親」だと聞いていたが、これは確かに厳しそうだ……そうルミエールは苦笑する。
暫くの沈黙。それに耐えられなくなったドロシーが、おずおずと話を切り出す。
「……父さん、私…変な事してごめんなさい。会社が辛くて、それで自殺未遂だなんて……私、逃げてるだけだよね。甘えてる、だけだよね。ごめんなさ───」
「───ドロシー。」
謝罪を遮って、レオは厳かに口を開いた。ドロシーは驚いて彼の顔を見る。
彼は、心臓に手を置いて静かに語り始めた。
「俺には、死にたいという気持ちは分からん。だが……此処が痛くなって、苦しくなって……怖いという感情を、久方ぶりに感じた。そしてこれは、お前が会社に感じている感情と……死にたいと思う程に思い詰めた苦しみと同じ『痛み』に似ているのではないかと思った。」
「父さん……」
「お前はいつも強く優しい。故に、自分の苦しみを苦しみだと認められんのだろう。……なぁ、お前はお前の生きたいように生きていい。逃げてもいい。だから───死ぬな。それだけが俺の……そして母さんの願いだ」
「……っ!」
───死ぬな。
それは、父親からの唯一の願いだった。
どれだけ逃げても卑怯でもいいから、死んでくれるな、と。
クレマリーはそんなレオに続いて言葉を贈る。
「…仕事などやってみなければ向き不向きというものは分からない。そして、自分で望んだからといって必ずしもそれを貫き通さねばならないとも限らない。───私達は殺されるために仕事をするんじゃない。生きるために仕事をするんだ」
その言葉を聞いて、ドロシーの涙のダムがついに決壊してしまう。
ぽろぽろと、雫が溢れて頬を伝う。
レオは「来なさい」とドロシーを呼び寄せ、優しく抱き締めた。
ドロシーは父親の胸の中で子供のように泣いた。
彼の、救われた心臓の鼓動がゆっくりとドロシーを包む。
───そっか。辞めてもいいんだ。
生きやすいように生きようとしていいんだ。
私は私らしく、生きていいんだ……。
ドロシーは───辞職を、決意した。