患者を救いたいという気持ちと同時に、どうして救命救急医ではない自分達が緊急の患者を……などと思いながら二人は救命救急センターに赴く。そしてルミエールはその理由を知る。
そこでは多くの重症患者達が搬送され、処置を受けていたからだ。……その人数は二十人を超えている。救命救急医の人員不足───それがドロシーの父親の手術でルミエール達が呼び出された理由だろう。
クレマリーは多くの重症患者を見ても取り乱す事なく、そこで指令を出している医師に情報を要求する。
「クレマリー・ルーヴィルだ。オペの指示を受けて患者を引き取りに来た───それで一体、これはどういう状況だ?」
「あぁ、君達が……。助かるよ、今此処にいる患者の処置で手一杯で、新たに手術をする余裕が無い。工事現場で足場が崩落する事故が起きてね。二十名以上が高所から落下した……それで今はこういう状況なんだ……協力を感謝するよ」
「それは災難だな……同じ病院の医師だ、手はいつでも貸そう。それで……私達が行うオペの患者についてだが……」
「そうだな、すまない。……レオ・アルベールさん、六十三歳。疾患は心筋梗塞……以前に
「成る程……やるとするならバイパス術、だな」
「そういう事だ。……呼んでおいて今更だが、クレマリー先生は心臓血管外科医で?」
「呼ばれておいて今更だが、専門ではないな。私は総合外科医だ…… 一応心臓手術の経験もあるがな」
「そ、それで大丈夫なのか…?」
「心臓外科医が居ないと不安か?それなら丁度いい……此処にもう一人居るからな。なぁルミエール、お前の専門は?」
突然話を振られてびくりと体を跳ねさせるルミエール。彼はえっと……といくつか言葉を選んで、「心臓血管外科です……一応……後期研修中、ですけど…」と恐る恐る答えた。クレマリーは救命医の顔を見てにっこり笑い、「一応専門の者は居る。心配は無用だ」と告げる。
そう───ルミエールは心臓外科を専門に選んでいる。父と自分が運ばれた時に執刀してくれたのは、心臓外科の先生だった。父を救ってくれたのは、言葉をかけてくれたのは、心臓外科の先生だった。ルミエールが心臓外科医を志すようになったのに、それ以上の理由など必要ないだろう。
……だが、まだ彼は初期研修が終わったばかりの新人だ。故に心臓手術の執刀経験も少ない。縫合ですら緊張するくらいだ。一人で心臓手術など、とても考えられない───。
……脳内にドロシーの不安げな顔が浮かぶ。
彼女を救いたい、彼女の父親を救いたい。それならば───不安だ、などと言っている場合では無いのだ。自信は無いが、自分だって何もできないわけではない。医師として、出来る事はきっとある。そのために今まで努力してきたのだから。
深呼吸して顔を上げれば、クレマリーが手招きをする。それに従って彼女の傍───パソコンの近くに行く。パソコンの画面に、患者であるレオの胸部の胸部レントゲン写真と心臓エコーの動画が映し出された。ルミエールは目を細めながら患部を確認する。
「……本当ですね。
「六十を超えているんだ、恐らく高コレステロールとそれによる動脈硬化が原因だろうな。これだけ心筋梗塞を繰り返していると───」
クレマリーはパソコンの画面に映し出されたレントゲン画像と心臓エコーの動画を凝視して固まってしまう。ルミエールが心配そうに「……クレマリーさん?」と声をかけた。
「……いや、すまない。そうだな……今回は人工心肺を使ってオペをしよう」
「今時はオフポンプでやる方が多いと聞きましたけど…?」
「なんだルミエール、オフポンプでやりたいのか?難度はぐんと上がるが」
「い、いえ…っ!そういうわけでは…!」
「はは、向上心があっていいと思うがな───それじゃあ先生、患者をオペ室に運ぶぞ。情報の提供と検査、感謝する」
クレマリーはそう言うとレオの乗っているストレッチャーを押して手術室に急いだ。その柵の部分を持っていたルミエールも引っ張られて焦って着いて行く。救命医は「騒がしい奴らだな……」と眉を下げ、再び自分の職務に戻るのだった。