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Karte01 2節「使命」

「───ルミエール先生!」



第一手術室に急ぐと、そこでは看護師二名が既に処置の準備を終えていた。患者である女性は意識がなく、ぐったりと横たわっていた。ルミエールはそれを心配そうに見てから看護師に向き直る。



「彼女は、一体……」


「市販薬のオーバードーズです。それから、リストカットによる大量出血で血圧低下が見られています」


「オーバードーズ…!」



……ルミエールも、聞いた事はあった。

身体及び精神にとって有害な作用が急速に生じるほどの量の薬品を使用する、オーバードーズ。市販薬───睡眠薬や風邪薬で行われる事が多く、それを懸念したヴェルティ政府は市販薬の購入を一人一箱に限定しているが……複数のドラッグストアを回れば簡単に薬が入手出来てしまうので、オーバードーズの撲滅には程遠いと聞く。

自傷行為の一つとして挙げられるこのオーバードーズ……患者は希死念慮を抱いているケースが殆どだ。目の前にいるこの女性も、死にたいと願っているのだろうか───。そう思うと、悲しい気持ちになってくる。

彼女には彼女なりの事情があって心を病んでしまったのだと分かっている。それでも───ルミエールは目の前の彼女に、「生きていてほしい」と願わずにはいられない。これは、僕のエゴなのだろうか……ルミエールの瞳が揺れる。

クレマリーはそんなルミエールを一瞥し、手袋と手術着を装着しながら看護師に指示を出す。



「30Frの胃管、ゼリー、洗浄用の注射器、バケツを用意してくれ。それから活性炭75グラム、ソルビトール60グラム、輸液も」


「は、はい!」


「ルミエール、始めるぞ……今は目の前の命を救う事だけ考えろ。いいな?」


「クレマリーさん……」


「死んだら全てが終わりだ。彼女を取り巻く状態が改善する未来は絶対に訪れない。だから私達は命を救って───それから彼女が生きやすくなるよう最大限の手伝いをする。手術だけが医者の仕事じゃない……患者が安心して『生きていける』ようにするのが私達の【使命】だ」


「‼」



クレマリーの言葉が、ルミエールの心に溶けてゆく。

そうか……患者が生きていけるように支援するのが自分達医師の使命なのか。手術だけで自分の仕事はお終いなのだと、命を救った後の支援の事など考えていなかった自分を殴りたい。

『手術だけが医者の仕事じゃない』───患者を救う、という言葉を綺麗事でなく現実のものにするなら、患者一人一人に真摯に寄り添って、全力を尽くして患者達と向き合い、彼女達が生きやすくなるよう手助けをしなくてはならない。それが、医者の使命。僕の使命。僕はこれから、その言葉を肝に銘じて───患者を救える存在になろう。

ルミエールの瞳から、迷いの色が消えた。



「……分かりました。僕が、僕達が、必ず彼女を救います。始めましょう───彼女を救うサージェリーを」



クレマリーはそれを見るとマスクの下で緩く口角を持ち上げた。

そして看護師達を見回すと、手術開始を高らかに告げる。



「さぁ───オペレーションの時間だ」


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