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レボクの素性

「兵士名簿でございますか?」


「ああそれを少し調べたい。持ってきてはくれないか?」


 5月の午前の時間、ユーグリッドは政務室で宰相テンテイイと会話していた。テンテイイは突然の王の要請に眉根を顰め、その意図を計りかねている。


「持ってくるのは構いませんが、何故それを陛下がお調べになりたいのですか? 兵士名簿なら兵事係が持っているでしょうけど」


「ならばその者を呼んできてくれ。実を言うとレボクという衛兵に用があるのだ」


 ユーグリッドは単刀直入に目的を告げる。テンテイイはその”レボク”という名を聞き、ますます訝しみを見せる。


「レボクでございますか? 確かその者は数日前から行方不明だと騒ぎになっておりますが」


「行方不明?」


「ええ。その者は警備隊長なのですが、その者の部隊丸ごとが忽然と消えてしまったのです。何やら事件に巻き込まれたのでしょうか?」


「…………」


 ユーグリッドの推理は当たっていた。やはりレボクは警備隊長であり、その部隊が王の誘拐未遂事件を起こしたのだ。だとすればレボクの部隊について調べれば事件の首謀者がわかるかもしれない。

ユーグリッドの洞察は確信に変わり、ますます事件の捜査に意気込んだ。


「まあ、とにかく陛下がレボクに用があるなら一度調べてみましょう。兵事係を呼んできます」


 テンテイイは政務室を出て、10分ほどすると帳簿を大量に抱えた兵事係を連れて入ってきた。

ユーグリッドは早速兵事係に尋ねる。


「レボクでございますね? えー、その者は記録によると今年の4月から入隊したばかりの新参でございます」


「新参?」


 ユーグリッドは耳を疑った。


「たった1ヶ月しか在籍していない者が、何故いきなりアルポート王城の警備隊長になっているのだ?」


「はい、実を言いますと、このレボクはリョーガイ殿の推薦でアルポート王城の警備隊長になったのです。何でもレボクはリョーガイ殿の一族の近縁だそうで、是非ともアルポート王城で務めさせてほしいという嘆願があったそうです」


 その情報を聞くとユーグリッドは思考する。

リョーガイは飽くまで貿易大臣であり、アルポート王国の兵事に関する権利は一切有していない。それなのに近縁だからと、身元調査も厳しい王城の警備隊長にすぐ任命されるなど、理由は一つしかない。


(兵務庁め、賄賂を掴まされたな)


 ユーグリッドはその不埒な組織の腐敗に内心毒づいた。


「レボクの素性はだいたいわかった。それで、レボクの部下たちはどのような者なのだ?」


「レボクの部下でございますか?」


 その王の質問に、兵事係が訝しむ顔を見せる。隣のテンテイイも何故レボクに用があるのに、部下のことまで調べたいのだと疑問を持っている様子だった。

だが兵事係は素直に帳簿のぺーじをめくり、ユーグリッドの前に開いて見せる。


「レボクの部下は以下の9名になります」


 そこには衛兵たちの名前や出身地や年齢、家族構成についてまで細かく記載されていた。ほとんどの者が家名を聞いたことがある家柄の生まれであり、やはり王城の衛兵が高い身分の職業であることがうかがえる。

ユーグリッドはその帳簿に記載されている名前を見て、ふと気づいた。


(プロテシア?)


 そのぺーじの中で、名字が同じ者が3人ほど確認できた。

その名字と似た音の姓をユーグリッドは知っている。


”プロテシオン”


 それはかつて海城王の重鎮として仕えていた老将ソキンの名字であった。


(このアーシュマハ大陸では、古来より血筋が同じ一族には似たような名字をつける風習がある。この”プロテシア”という名字の者たちはソキンの血縁者かもしれない)


 ユーグリッドはそこで一つの推理に辿り着き、帳簿から顔を上げる。


「この者たちはどのような者なのだ?」


 兵事係に尋ねながら、”プロテシア”の名字の兵士たちの名前を指差す。


「はい。この者たちはアルポート王国の北地区を治めるソキン殿の一族でございます。確か今は3人ともリョーガイ殿の一族と結婚して、そのままリョーガイ殿が治める西地区に居を構えているそうです」


 兵事係がすらすらとプロテシア家の素性について述べる。


(リョーガイとソキンは遠縁の関係にあるということか。ならばリョーガイとソキンが誘拐を共謀したのか? いやこれは飛躍しすぎた考えか。だがいずれにせよ、リョーガイについてはもっと詳しく聞き出さねばな。今の所、4人の兵がリョーガイと関係がある)


 ユーグリッドは事件解明への筋道を立て、再び問う。


「なるほどな。もしやこのレボクの部隊は、元々リョーガイの所の兵士だったのではないか? この10人の兵たちの経歴を見せてみよ」


「わかりました」


 兵事係が次の頁をめくる。そこには兵士たちの過去の経歴が載っていた。


「ええ、左様でございます。元々は皆リョーガイ殿の私兵だったのでございます。西地区の港の警備をしていたと書かれております」


「ふむ、そうか」


 ユーグリッドは帳簿に視線を落としながら顎に手を添える。


(これでリョーガイは黒だな。全員リョーガイの私兵として、同じ場所で働いていたのならば、あの連携の取れた動きにも納得ができる。あのユウゾウを瞬く間に取り囲んだ統率は、1ヶ月そこらで身につけられるものではない)


 ユーグリッドは首謀者を突き止めたことでひとまずの達成感を得る。しかしその懸念はまだ晴れていない。


(だがソキンについてはまだわからない。奴もこの誘拐未遂事件に関与しているのか? それを裏付けるために重要になるのが、プロテシオン家とプロテシア家がどれほど繋がりがあるのかということだ)


 ユーグリッドは更にソキンについて思考を重ねる。


 プロテシア家が誘拐未遂事件に一枚噛んでいることはもはや明白だ。だがプロテシオン家の長であるソキンが、今でもリョーガイの一族と婚約したプロテシア家に影響を持っているかどうかはわからない。


 持っているとすれば、リョーガイとの共謀の可能性が疑われるが、持っていないとすれば、リョーガイが単独で起こした陰謀ということになる。ソキンへの嫌疑は玉虫色であるということだ。だがいずれにしろソキンに対する警戒を緩めるわけにはいかない。


 ユーグリッドはそこですくりと立ち上がる。


「礼を言う。これで俺が知りたいことはわかった」


 ユーグリッドの突然の打ち切りに、兵事係はキョトンとした顔になる。


「はあ、そうでございますか。お役に立てて光栄でございます」


 兵事係は心にもないおべっかを言う。


「あの、レボクに用があるのではなかったのですか?」


 テンテイイは困惑して、椅子から立ち上がった王に疑問を投げかけた。


「いや、もう俺の用事は済んだ。お主もわざわざ足を引き止めて悪かったな。もう宰相の仕事に戻っていいぞ」


 テンテイイにひらひらと手を振り、ユーグリッドは政務室を後にした。


(さて、これで次の目標は決まったな)


 ユーグリッドはシノビ衆に命令する具体的な内容を頭に描いた。


(リョーガイとソキンの動向を徹底的に探る。俺の王座を守るため、この誘拐未遂事件の真相を必ず解いてみせる!)


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