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海城王のシノビ

 ユーグリッドは、切断された衛兵の首から降り注ぐ血の雨を浴びていた。その血しぶきが目に入り視界が赤く霞む。


 ユーグリッドに剣を突き付けていた眼前の衛兵の胴体が、まるで時間が緩慢になったかのように、横向きに倒れていく姿がかすかに見える。その姿が完全に視界から消えると、そこには真っ黒な人影が立っていた。


「レボク殿がやられたぞ! 何者だ貴様っ!!」


 後ろに控えていた衛兵たちが叫び散らし、抜剣する音が次々と聞こえてくる。

尻もちをついていたユーグリッドは立ち上がり、目に入った血を拭い目を凝らした。


「ご無事ですか? ユーグリッド様?」


 目の前の人影はこちらに顔を向けて低い声で尋ねてくる。

その影の正体は全身を黒装束で覆った男であり、目元しか素肌を見せていない。手には刃の大きな鎖鎌が持たれており、そこから鮮血が滴っている。


「お主は……?」


 ユーグリッドは目を見開き、呟くようにして尋ねる。


「亡きヨーグラス様のシノビでございます」


 その黒装束の男が、海城王の名前を出し簡潔に答える。


「父上のシノビ?」


 ユーグリッドはその正体にまた驚き、鸚鵡おうむ返しをする。


「はい、詳しい事情は後ほど」


 そして黒装束の男は前を向いた。


 そこには9人の剣を構えた衛兵たちがいた。機敏な動きで扇状に広がり、鎖鎌の男の周りを一斉に囲う。その統率された動きは明らかに訓練された兵隊のものだとわかった。


(衛兵に化けた刺客だと思っていたが、これは本物のアルポート王国の兵だ。日夜鍛錬を重ねてきた精鋭部隊であり、俺は身を持ってその強さを知っている……)


 ユーグリッドは傍らの首なし死体に目をやる。

専門ではないとはいえ、武術の覚えがあるユーグリッドをあっさりと打ち破った強者だ。それが今9人もいるとなると、この場をユーグリッド一人では到底切り抜けられるものではない。


 ユーグリッドは内心緊張の冷や汗を掻いていた。


「ここはお任せください。ユーグリッド様」


 黒装束の男はユーグリッドの心配を察してか、振り返り声をかけてくる。


「……信じてもよいのだな?」


 ユーグリッドは不安げに男に問う。


「はい、俺を信じてください」


 そう力強く言った刹那、男はまっすぐに駆け出していた。その速さは駿馬しゅんめの如き疾走であり、あっという間に中央の衛兵の元にまで詰め寄った。


「「!!」」


 その俊足には衛兵もユーグリッドも驚いた。

そしてあっという間に2つの首が飛んだ。


「貴様ッ!!」


 衛兵2人が黒装束の男に向かって同時に走り出す。

だが次の瞬間には3つ目、4つ目の首が飛んでいた。男が持つ鎖鎌が伸び、2人の衛兵の首を横薙ぎに掻き切ったのである。黒装束の男は伸び切った鎖を引き鎌を戻す。


「でやあああっ!!」


 その隙を突き、2人の衛兵が一斉に男の背後から斬りかかる。

だが次の瞬間には男は衛兵の背後に立ち、5つ、6つと首を搔き切る。


 その強さは圧倒的だった。


「ひ、ひいいいいいっ!」


 衛兵の一人が悲鳴を上げ、中庭の出口に向かって走り出す。

だが黒装束の男は鎖鎌を放ち、衛兵の左胸を鎧ごと貫いた。血しぶきが大量に噴射しながら、胸から大鎌が引き抜かれる。


「死ねぇっ!」


 背後から衛兵の1人がまた襲いかかる。

だが黒装束の男は背面のまま、肘で敵の顔面を電光石火の如く殴りつけ、そのまま引き戻した鎖鎌の刃で首を狩る。


 これで8人の衛兵が死んだ。


「動くなぁッ!!」


 その声に黒装束の男が振り返ると、生き残った衛兵の一人がユーグリットの背後に周り、その喉元に剣身を突き付けていた。締め上げるほどにユーグリッドの首を太い腕で抱き込み、宙吊りにしている。


「その奇妙な武器をゆっくりと地面に置け! でなければユーグリッドの首を掻き切るぞ!!」


 衛兵は必死な形相で黒装束の男に脅しをかける。

鎖鎌の男はしばらく沈黙し、じっと衛兵の様子をうかがっている。


「どうした!? 早くしないと本当にユーグリッドの首を掻き切るぞ!!」


 二度目の脅迫に黒装束の男はゆっくりと鎖鎌を置き、そしてそれを遠くへと蹴り飛ばした。


「そうだ。それでいい。そのまま正座して頭の後ろに両手を置け!!」


 黒装束の男はその言葉に従い、ゆっくりと跪き言われた通りの姿勢を取る。こうなってしまってはもはや男の俊足も役には立たない。黒装束の男は石のようにその場から動かなくなってしまった。


「そのまま動くなよ! 少しでも動いたらユーグリッドの首を掻き切るからな!」


 再三の警告をして、衛兵はユーグリッドに猿轡をしようとする。

だがユーグリッドはその拘束に抵抗し、中々上手く装着することができない。


「クソッ暴れるな! 暴れたら痛い目にあうぞ!」


 衛兵は剣の柄頭つかがしらでユーグリッドの側頭部を殴る。

だがユーグリッドは抵抗を止めず、腕の中で暴れまわる。


「このっクソっ! 手間を取らせるな! こうなったら仕方ない。暴れないように右腕を少し斬りつけて――」


 その瞬間だった。


 最後の衛兵の首が飛んでいた。ゴロゴロと中庭の草原くさはらに兜をつけた首が転がる。


 黒装束の男は依然として無抵抗の姿勢を取っていた。

だがユーグリッドの背後では、血に塗れた小刀を持った人影が立っていた。

衛兵の胴体がドサリと鈍い音を立てて崩れ落ちる。


「ご心配をおかけして申し訳ありません、ユーグリッド様」


 黒装束の女がユーグリッドの背後で囁いたのだった。


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