夜の闇が、まるで生き物のようにうごめいていた。
荒れ果てた市街地には、すでに人間の気配はなかった。ビルの壁は黒く焼け焦げ、地面には割れたアスファルトと血のように濃い影が滲んでいる。
「来るぞ……!」
鋭い声が闇を裂く。
瓦礫と化したビルの影に潜む兵士たちは、息をひそめながら銃を構えた。
街路に広がる濃い霧の向こうから、何かが蠢いている。
「……数は?」
「12、いや……15はいる」
双眼鏡を覗き込んだ兵士の声がかすかに震える。
――黒い影が、不自然な動きでゆっくりと近づいてくる。
「撃て!!」
号令とともに、火を噴く銃口。
夜闇を裂く銃声が響き、弾丸が影を貫く。
だが、それは止まらない。
黒い影は、一瞬形を崩したかと思うと、まるで霧のように散り、再び姿を現した。
まるで銃弾など存在しないかのように――。
「チッ……やっぱり普通の武器じゃダメか」
兵士の一人が舌打ちする。
「第二波、準備!」
すぐさま特殊弾が装填される。
細工が施された閃光弾丸、呪符を巻き付けた刃――人類が編み出した、唯一"彼ら"に対抗できる手段。
「撃て!!」
閃光とともに、弾丸が放たれる。
黒い影は弾け飛び、辺りに血のような暗黒の飛沫が散った。
「やったか……?」
兵士が息を呑みながら確認しようとした瞬間――
"それ"は、まだ立っていた。
崩れた影の奥から、静かに姿を現す者がいる。
背筋を凍らせるほどの静寂。
「……嘘だろ」
兵士の一人がかすかに震える声で呟く。
暗闇の向こうから響く、ひたひたとした足音。
そして、それは言った。
「無駄だ……お前たちはすでに、死者の領域に足を踏み入れた……」
その声に、兵士たちはぞっとした。
「逃げろ……!」
叫びながら、兵士の一人が閃光弾を投げた。
轟音とともに白光が炸裂する。
"それ"は一瞬、闇の中に霧散した。
しかし、それはほんの一時の猶予にすぎない。
"それ"は消えたのではない。
より深い闇へと潜り、次の襲撃の機会を伺っているのだ。
――この戦いに、勝ち目はあるのか?
影が、迫る。
次の犠牲者を求めて――
崩れたビルの一角で、影から逃れた兵士たちはつかの間の休息を取っていた。
空は黒く染まり、夜が深まるにつれて、世界はより静寂に包まれていく。
銃を手入れする者、弾倉を確認する者、傷の手当をする者――
彼らは皆、生き延びるために動いていた。
その中で、一人の兵士が口を開いた。
「怖い話を聞きたいか?」
「こんな時にか?」
仲間の一人が顔をしかめた。
「通信士、隊長が狂ったと本部に連絡しろ。」
別の兵士が冗談を言い、場がわずかに緩む。
「まあ聞け。」
リーダー格の男は、暗闇を見つめながら続けた。
「今から25年前、ある町で……"最初の異変"が起きたらしい」
その言葉に、周囲の兵士たちは無意識に耳を傾けた。
「……すべては、田舎の小さな町から始まったんだ」