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第54話 通報・下

「曽根崎警察の一条櫻子警視です、今日通報があった毒殺された妊婦の事について聞きたいの。担当は?」

 警察手帳を出して、櫻子は近くを歩いていた署員に声をかけた。声をかけられた男は驚いたような表情になって、「こちらに」と署長室へと連れて行った。


「豊中警察署の遠藤えんどう琢磨たくま署長です。曽根崎警察の方が、どうしてうちの管轄で起こった事件を、ご存じなのですか?」

「刑事局長から連絡が来ていませんか? 私は、一条櫻子警視です」

 櫻子は短く、自分の名前を繰り返した。その名を聞いた所長は、一瞬息を飲んだ。そうして、「そうですか」と小さく呟いた。


「失礼しました。曽根崎警察の方が来た、としか聞いていませんでしたので。一条警視の事は、存じております」

 そう軽く謝罪をしてから、遠藤署長は一枚の紙を手にした。


「確かに、死亡事件の連絡を受けています――まだ身元は分かっていません。阪急宝塚線、蛍池駅の外側階段の下の隅で、服が乱れた女性が倒れているのが発見されました。一般人からの入電にゅうでんにより、バイクで警ら中の蛍池交番の巡査に向かわせました。同時に、救急車も呼びました」

 豊中交番の管轄は広い。蛍池周辺も、豊中が管轄になる。それに、宝塚線蛍池駅は空港や万博記念公園に向かう大阪市モノレール駅と連結しているため、人通りが多い駅だ。

 宝塚線の急行でも止まる駅なので、犯人はモノレールに乗るのかもしれないし、ここで阪急線に乗ったかもしれない。車や徒歩の可能性ももちろんあるが、駅が犯行現場なので電車を利用した可能性が非常に高い。駅前は空港に向かうのに使われるのかタクシーが多くバスも止まるので、広いロータリーになっている。


「通報者と時間は?」

「電話が入ったのは、十五時十四分です。子連れの主婦が電車を乗るのに通りかかった際、被害者の白いスカートの端が風に揺れているのに気が付いて、近づいて発見したようです。怖くて倒れている女性からすぐに離れて、直ぐに110番したそうです。発見者の身元は確認しているので、子供もいる事ですし聴取してすぐに家に帰って貰っています」


 村岡証券を出て、天満署にいたくらいの時間だ。


「救急救命士が到着して、既に死亡していると確認しました。見てわかる乱暴された様子と柑橘の香りで、救急救命士と巡査が殺しだと判断してこちらに連絡が入りました。それが、十五時五十分くらいです。そこで、うちの一課と鑑識が向かいました。雨が降ったせいか車が多く、犯人が紛れている可能性も考えて、交通規制と検問も行っています。犯人も被害者も、この駅にどうやって来たのか分かっていません」


 雨が降り出したのが、天満署に着いてからだ。発見時間から考えて、犯行は雨が降る前だろう。

「発見された場所はデッドスペースの為監視カメラもなく、今の所目撃者も見つかっていません。宝塚線やモノレール駅への外階段の下なので、発見からすぐに雨が降ったせいで証拠になる様なものが、まだ何も発見出来ていない現状です――被害者の身元が分かるものも、付近で発見されていません」


 刑事局長という後ろ盾のせいか、遠藤署長は今までの経緯を全て二人に話してくれた。

「死後暴行されていますし、暴行目的なのか金目当てなのかストーカーだったのか――それすらもまだ分からない状態です。遺体は、現在刀根山とねやまの病院で行っています」


 大阪の刀根山と呼ばれるエリアに、国立病院がある。そこなら検死が出来るだろう。

「……そう、分かったわ。あ、妊婦だと分かったのは、どうして? もうお腹が大きかったの?」

「そうですね、身体の割にお腹が出ていました。うちのかみさんの頃から考えて、五、六ヵ月くらいじゃないでしょうか? それも、検死で詳細が分かると思います」


 証拠も揃っておらず検死もまだ終わってないなら、今は何も情報が手に入らない。

「では、私達も仕事が終わって飲酒してしまった事もありますし、明日改めて伺います」

「分かりました、お待ちしています」

 櫻子と笹部が軽く頭を下げると、遠藤も同じように頭を下げた。


「でも、よく被害者が妊婦と分かりましたね」

「え?」

 櫻子は、笹部のハッキングを思い出して一瞬言葉に詰まった。

「ここの事件を知った時に、無線の情報も聞いたのよ。有難うございました、では失礼しますね」

 深く追及されないように、櫻子は笹部の腕を引いて急ぐように署長室を出た。


「あー、良かった。喋りすぎちゃったかしら」

 深くため息をついて、櫻子は歩き出す。


「――やりすぎ、でしたね」


 笹部はポツリと呟くと、櫻子の後について歩き出した。

「そうよ、気を付けてね?」

 櫻子は小さく笑うと、タクシーを呼ぶためにスマホを取り出した。


 そうして二人が帰宅しても、雨はやよいが言ったように朝になるまで止まなかった。

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