「お疲れ様です」
空いている取調室で、笹部は手袋をしてノートパソコンと羽場のものらしいスマホを、静かに操作していた。
「笹部君、お疲れ様。有難うね。何か分かったかしら?」
櫻子は笹部の前の椅子に座り、篠原は調書を書き取る席に腰を落とす。
「こんな低俗な人の性関係探るなんて、悪趣味な仕事与えないで下さいよ」
笹部は、ぼんやりと文句を口にした。「指紋ロックもしないで、暗証番号は『
「『貴婦人倶楽部』に登録しているのは、十代後半から七十代までの主婦の様です。未亡人も居ます。
「は? 何かの暗号ですか?」
羽場の検索履歴を笹部が読み上げると、篠原は不思議そうに首を傾げた。
「荷は、二万円。生外は、コンドームなしセックスで射精は外出し。WUは、同じく諭吉が二枚で二万円。サポは、サポート。つまり援助交際ね」
櫻子が、笹部の代わりに説明をする。援助交際の
「はぁ……つまり、羽場さんは二万がやり取りの基本で、ゴムなしで本番をさせてくれる人を探してたってことですね」
その説明に、篠原は納得した。しかし、そこまでして女を探すなんて――
「セックス依存症だったのかもね」
篠原の心の言葉の続きを、櫻子は呟いた。最近話題になり認知度も増えたが、昔からある精神疾患の一つなのだ。
「羽場さんは、このサイトの個人チャットで待ち合わせなどのやり取りをしていたみたいです。個人的なメールや電話は使っていないみたいです。ドタキャンされた時は、即『今から会える人』も探していたみたいです」
「彼の最後のやり取りは?」
笹部は羽場のスマホを、櫻子に差し出した。篠原は立ち上がり櫻子越しにスマホを覗き込む。櫻子はバックから白手袋を取り出すと、はめずに指紋を付けないように気を付けて持ち直して画面を見た。
『黒い未亡人』というアカウントで、割れた指輪の写真がアイコンのプロフィール画面だった。自己アピールは少ない。書かれていたのは、『処女のまま未亡人になった私を、乱れさせて』と羽場が好みそうな短い文章だけだった。
「情報開示を出してサイト閉鎖されると困りますから、IPアドレスのハッキングは曽根崎署に戻ってから行います。個人チャットを見て下さい」
櫻子は手袋の指の部分で、メールのマークの個別チャット欄を開いた。色んな人物からチャットが来ているが、『黒い貴婦人』は『BAHAMA』という羽場のアカウントらしいチャットにしか返事をしていなかった。
『初めまして! 乱れさせる自信あります! WUで生外はどうですか?』とのBAHAMAに、『TU、
「三万円、出会ってすぐにゴムなし本番中出し、ホテル代金別ね」
また新しい暗号に混乱しているだろう篠原に、櫻子は説明する様に呟く。篠原は櫻子にそんな下品な言葉を言わせてしまい、気まずくなって赤くなる。
「『黒い貴婦人』が希望したのは、五月十五日午前九時五十分ね……最後に会ったこの女が画像に映った人物で、羽場さんを殺した犯人に間違いないわ」
ドン!
と、地鳴りのような雷の音がした。「きゃ!」と、女性署員らしい悲鳴も聞こえてきた。
「でも、どうしてこの女性からは『殺意』が感じられないのかしら……?」
「一条警視」
そこに三人分のお茶を乗せた盆を手にした、女性制服警官が姿を見せた。交通課だろうか。
「遅くなりました、お茶です。それと、殺害に使われた毒物の鑑定書です」
盆を机に置き、お茶の横に置いていた鑑定書を櫻子に渡すと、湯飲みを並べてその制服警官は慌てて姿を消した。
「……使用されたのは、シアン化ナトリウム。金属加工用に下ろしたものの一部……?」
紙に目を通した櫻子は、意外な単語に眉を寄せた。