「もしもし、捜査一課の鈴木君はいるかしら? 私は、曽根崎署の一条櫻子警視です」
櫻子は、今度は何処かの警察署に電話した。知り合いの刑事がいるようだ。
『もしもし、電話変わりました。一条警視、お久しぶりです! 大阪に行かれたと聞きましたが、お元気にされてるんでしょうか?』
スマホから漏れる言葉は、若い男の様だ。篠原は、少なからずどんな相手なのか気になった。だが、電話が終わるまで大人しく待っていた。
「私は元気よ。それより、鈴木君の方が大変だったんでしょ? 去年の暮前に刺されたって聞いたわよ?『心臓泥棒』もまだ目星がつかないんだから、無理しないようにね」
思いの外物騒な単語が出たので、篠原は面食らった――心臓泥棒? そんな異様な捜査をしているところがあるのか。櫻子は世間話をその辺で終わらせると、須藤ありさの両親のアリバイを確認するように頼んで電話を切った。
「一条課長の知り合いの方ですか?」
スマホをカバンに直した櫻子に、篠原は遠慮がちに尋ねた。
「ええ、本庁で鑑識と犯罪捜査を兼ねて勉強していた時に、捜査で知り合ったの。今神奈川県警の管内で、若い男性の心臓が取り出される連続殺人事件が、未解決のまま続いてるのよ。二年近くになるけど、まだ容疑者らしい人が見つからないのよね――その事件は、定期的に間隔が空いて起きるの。今は新しい事件が起こってないみたいで、手が空いてるみたいだからアリバイ確認を頼んだわ。鎌倉まで行って、時間無駄にしたくないし」
櫻子は篠原を促して、村岡証券を出た。珍しく黒い雲が多く、雨が降りそうな湿った香りを感じた。
「私達も、天満署に向かいましょうか。一度顔見せておかないと、嫌がられちゃうわよね。蕪城班だったかしら?」
「確か、ラブホテルにいた制服警官が教えてくれましたよね。蕪城班で間違いないです」
二人はタクシーを拾い、天満署に向かった。
天満署に着くと、櫻子は捜査一課に向かった。警察署の作りは大抵変わらないので、捜査一課は直ぐに見つかった。
「失礼します、曽根崎署の一条警視です。蕪城さんは居るかしら?」
櫻子が名乗ると、捜査一課内が少しざわついた。「噂の人や……」など、囁いている者もいた。
「私が、蕪城です。お噂の一条警視にお会いできて、光栄ですわ」
櫻子の後ろから、細身の男が現れて声をかけた。篠原と櫻子が振り返る。年の頃は四十歳前半くらいの男が、軽く頭を下げていた。
「挨拶が遅くなり、申し訳ありません。一条櫻子警視と、篠原大雅巡査部長です。この度は捜査協力、有難うございます」
「警視様の手を煩わせるような事件とは思いませんが……ああ、貴女の部下の笹部さんに羽場被害者のスマホを預けたので、今何か調べられていますよ」
文句を言っていたが、笹部はちゃんと仕事しているようだ。
「そろそろ、容疑者を絞ったのかしら?」
「梶が主犯で、彼を助けただろう女を探しています」
静かだが、櫻子と蕪城は腹の探り合いをしているようだった。篠原は、少しはらはらと二人を見ている。それは、天満署の署員も同じ様だった。
「梶さんは、犯人じゃないわ」
櫻子は、はっきりとそう言った。その言葉に蕪城は驚いた表情になるが、驚いたのは篠原も同じだ。彼が犯人でないという確かな証拠は、どこにもない。確かに画像の人物の体格はどう見ても女だから、梶が変装したとは思えない。だがそれと同じく、あの梶が知り合いの女に頼んで羽場を殺した、とは思えなかった。
「この事件には、裏があると思うの。単純な事件じゃないと思うわ」
ゴロゴロと、雷の音が遠くに聞こえた。雨も降りだしているのかもしれない。
「そりゃ、毒殺なんてそう滅多にある事件やないでしょうけど……直ぐに梶は口を割りますよ」
蕪城は、やれやれと肩を竦めた。彼は刑事として、櫻子より何年も経験を積んでいる。この事件は、女が実行犯だ。そして、梶には彼を殺すほどの動機を持っている。
「また何か協力をお願いするかもしれませんが、よろしくお願いします。笹部君はどこに?」
それ以上、櫻子は事件の事を蕪城と話さなかった。ただ、呆れたような顔をしていた。
笹部の所在を確認すると、教えられた部屋に篠原を連れて向かった。