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第5話「渓谷のかくれんぼ」

3日目の昼


ザクッ...ザクッ...ザクッ...


「この渓谷を越えた先に

 モリの村はあるんだよな?」


「はい。

 このまま川沿いを進み

 北側の出入口を目指します」


「渓谷を抜けたら

 そのまま真っ直ぐ進むと

 村の入り口が

 見えてくるはずです」


僕とゼンとノンは

渓谷の入口付近に到着すると

渓谷の間を流れる

川に沿って歩きはじめた


穏やかに流れる

川の音と

渓谷を通り抜ける

風の音


ゼンとノンの

歩幅の違いから生まれる

砂利を踏み締める時の

音の大きさやリズム感



その適度なバラつきが

小気味いいリズムを生み


この雄大な渓谷を

進むちっぽけな存在が

渓谷と一体となって

自然の音楽を奏でている


そういう俯瞰した視点で

渓谷を眺めてみると


この殺風景な渓谷景色も

ノンの護衛という目的も

アクセントとなり


彩り豊かな景色に

見えてくる


もちろん

これは僕の想像力から

生まれた個人的な感覚だ


ゼンとノンは

この渓谷に対して

どういう見方をしているのか


特に

何も感じていないのか


それとも

別のことを考えていて

周りを気にする余裕が

ないのか


きっと各々の心情で

この渓谷を歩んでいるに

違いない


そんな風に考えていると

渓谷と川の間にある木々の中に

八重桜が咲いているのを目にする



確か

八重桜の花言葉は

理知に富んだ教育

だったっけ



どうやら僕は

この渓谷から

「理知に富んだ教育」を

受けていたようだ


どんな些細な出来事も

どんなにありきたりな物でも

理知に富んだ姿勢で

物事を見据えることで


自分にとって意味のある

物事に昇華させられる

そういうことを教わっている

ような気がしてくる


そう思いながら

渓谷と八重桜の景観と

川風の音と砂利の音の音楽に

しばらく黄昏ていたが


「ん?

 何やら遠くの方から

 話し声が聞こえてくる」


ゼンがこの渓谷の先にいる

何者かの存在に気付く



「もしかしたら、

 僕たちと同じ

 旅人かもしれない」


「軽く

 挨拶しておこうぜ」


僕とノンは

ゼンの言葉に同意すると

声のする方向に進み


僕は念のため

ゼンやノンよりも先に

声のする場所の近くまで

進んだ


「クロウ様

 どうやらこの渓谷を

 東に抜けた先に

 いるようです」


「そうか、わかった。

 ご苦労だったな」


「どうやら、

 連中の目的も

 我々と同じみたいです」


「ま、当然だな

 連中の思想は

 我々と違うが、

 抱えている問題は一緒だ」


「我々を敵視する気持ちも

 わからなくはないが、

 こっちでも我々の邪魔を

 されては迷惑だ」


「では、

 こちらから仕掛けますか」


「そうだな

 ただ連中と争った時の、

 周りへの被害が気がかりだ」



「明日、

 洞窟に戻り準備を整えたら

 遺跡へ向かうが」


「とりあえずは、

 警告程度の接触で

 相手の出方を見る」


「了解しました」


「皆、そういうことだ!

 今日はこの場所に滞在し、

 様子を伺うこととする!」


「明日に備えつつ、

 各自周辺の警戒に

 当たってくれ!」


「了解!」

「了解!!!」

「了解っ!」


どうやら

どこかの軍隊のようだが

不穏な空気を感じる


僕は

ゼンとノンの元に

急ぎ戻り


とりあえず今は

接触を避けた方が良い

という意思をゼンに伝える


ゼンは

僕の表情や仕草から

状況を察すると


接触しないように

ノンを連れて川の反対側に渡り


念のため

見つからないように

隠れて進む事にした


僕は

集団がいる場所と

ゼンとノンが進む道の間を通り

警戒して進んでいたが


「ん?

 何か遠くから

 足音が聞こえるぞ?」


「おい!誰か!

 我々以外の何者かが

 近くに潜んでいる!」


「川を渡った先だ!

 確認しに行くから

 誰か付いてきてくれ!」


まずい...

そう感じた僕は

急ぎゼンとノンに伝えに戻る



「わかった、モネ

 伝えてくれてありがとう」


「ノン、

 かくれんぼは得意か?」


「え?

 いえ、実はそういった遊びは

 あまりしたことが...」


「わかった。

 俺の後を離れず

 付いてきてくれ」


「それから...」


ゼンは

ノンの手を握る


「あ...」


どうやらノンは

手を握られることに

慣れていないみたいだ


もしくは

「同じ年代の男性に」

という条件付きかもしれない


ゼンは

ノンの手を離さないように

強く握りしめると


周りを警戒しつつ

急ぎながら、でも慎重に

木や岩の影に身を潜めながら

先へと進み


ノンはゼンの誘導に

身を任せて進んでいく


それを見届けた僕は

こちら側に渡ってくる

連中のところに向かった


「もしかして、

 奴らも我々が

 こっちに来ている事に

 気付いたのでは」


「わからないが、

 そう考えて行動した方が

 最悪な事態を避けられる」


「今はとにかく、

 足音の正体を

 確かめに行くぞ!」


どうやら

先程の集団をまとめていた

ボス的存在の人物は

来ていないようだ


それならと

僕は、一瞬尻尾を立てる

動作をしてから

集団の前に姿を見せる


「おい、みんな止まれ!」


優雅に

そしてしなやかに

凛とした表情を浮かべながら

集団の前を横切る


「なんだ、ただのネコか」


「だけど、

 珍しい姿をしたネコだな」


「ま、大方ネコ型の

 魔物って所じゃないか」


「もし連中の仲間なら、

 俺たちの姿を見て、

 警戒姿勢を取るはずだ」


「確かに

 どうやら、このネコの

 足音以外の他の足音は

 聞こえてこないな」



「みんな、協力ありがとう。

 野営地に戻るぞ!」


そう言って

連中は元いた

場所に戻っていった


どうやら

上手く誤魔化せたみたいだ


僕は急いで

ゼンとノンの所に向かい

もう大丈夫だと伝えた




「さすが、モネ!

 上手く撒けたな!」


「凄い連携プレーでした!

 よく歩みを止める

 タイミングがわかりましたね」


「ふっふっふ、

 実はそれには秘密があって」


「モネは、

 動きを止めろ!

 という合図を出す時、

 尻尾を一瞬だけ立たせるんだ」


「なるほど!」


「さぁ、

 いつまでもここにいたら

 また気付かれてしまう」


「さっきの集団も気にはなるけど、

 まずは村に着いてからだ」


「そうですね、

 では行きましょう」


僕たちは

再び渓谷の先へと進み

モリの村へと向かった



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