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第86話 王の台頭

数日後、石船の中心に位置する巨大な議事堂に、評議会の全員が集められた。高い天井に響き渡る声が、儀式の始まりを告げる。


「偉大なる存在よ、我らを導き給え!」


評議会の長老たちは一斉にひざまずき、その頭を低く垂れた。彼らの目の前には、堂々たる姿で立つイモケンピの姿があった。その瞳には、赤い輝きが静かに宿り、周囲の空気を圧倒していた。


「評議会の全員が一致した意見を、ここに表明する。我々は、この方を我らの王として迎える!」


長老の一人が宣言すると同時に、広間にいる全員が拍手や歓呼を送ることもなく、ただ厳粛に頭を垂れた。その静寂は、彼らが置かれた新たな秩序への完全な服従を象徴していた。


イモケンピはその光景を静かに見渡し、口元にわずかな笑みを浮かべた。


「よかろう。」


低く響く声で短く応じると、その言葉だけで広間全体の空気が揺れた。評議会の長老たちは再び頭を下げ、彼の言葉を絶対のものとして受け入れる。


彼らにとって、イモケンピはもはや単なる救世主ではなかった。彼は科学を超え、宇宙の理さえも覆す力を持つ存在――そして、新たな時代の「王」だった。


しかし、すべてが一枚岩というわけではなかった。評議会の端に佇む強硬派の代表リセノヴァは、険しい表情を浮かべながら沈黙を保っていた。その鋭い瞳は、イモケンピに向けられた畏敬と信仰の視線の波を冷ややかに眺めていた。


「……民意には逆らえんからな。」


やがてリセノヴァは重々しく呟き、頭をわずかに垂れて見せた。その動作には、納得しきれないながらも圧倒的な民意を受け入れる覚悟がにじんでいた。彼にとって、イモケンピを「王」として認めることは理性に反する選択だったが、広間に満ちる熱狂的な空気に抗う術はなかった。



「この星の水は神聖なる恩恵。我らの命を育む源であり、その尊厳を冒涜する者は、我ら全ての敵となる!」


長老の力強い声が堂内の荘厳な空間に響き渡った。その言葉は壁や天井に反響し、さらに重みを増して広間全体を包み込んだ。


トラプトニアンたちは一斉に声を上げた。


「偉大なる王に栄光を!」


その声は波紋のように広がり、議事堂の隅々まで満たしていく


イモケンピは堂々とした足取りで静かに広間の中心の壇上立った。その姿には圧倒的な威厳が漂い、広間にいる誰一人としてその目を逸らすことができなかった。



彼はゆっくりと手を上げ、その動作だけで空間に絶対的な静けさをもたらした。赤い瞳が評議会の者たち一人一人を見渡す。


そして、低く響く声が広間を包み込む。


「私を選んだお前たちの決断は正しい。私はこの石船を導き、新たな世界を築く。そのために、全てを尽くそう。」


その声は力強く、誰の心にも深く響いた。そして、赤い瞳を細めながら、静かに微笑む。


「だが忘れるな。この石船の平和は、お前たち自身の手で守られるべきものだ。私が導く道を信じ、その道を共に歩む覚悟を持て。それが、新しい時代を切り開く力となるのだ。」


その一言一言が、まるで石に刻まれるように全員の心に深く浸透していく。イモケンピの言葉には疑いの余地がなく、まさに揺るぎない支配者のものであった。


言葉を聞き終えた評議会の者たちは、深く頭を垂れた。その動作には、ただ形式的な礼儀ではない、心からの忠誠が込められていた。



その夜、儀式の終わりを告げる盛大な祝賀が行われた。広間は柔らかな光で満たされ、トラプトニアンたちの歌声が天井高く響き渡る。彼らは新たな王を讃え、未来への希望を歌い続けた。その歌には熱狂と感謝、そして新しい時代への期待が込められていた。


最下級の悪魔だったイモケンピは、こうして正式に「王」として君臨することとなった。彼の姿は、宇宙のどの支配者よりも荘厳で、どの神話の存在よりも畏怖を感じさせるものだった。


「新たな王国の始まりだ。」


祝賀の熱気の中、イモケンピは誰にも聞こえないほど小さく呟いた。その声には、冷徹で計算された確信と、わずかに宿る興奮が入り混じっていた。そして、口元には冷ややかな笑みが浮かぶ。

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