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第82話 レプリシアン解放戦線

その頃、ヴァルハラ隊は新たな動きを見せていた。


トラプトニアンが長年支配してきた「複製人間」、それがレプリシアンだ。彼らは戦闘の指揮、地上の調査、情報収集、さらには交渉の道具として使われていた。しかし、使い捨ての存在と見なされ、使命を終えれば廃棄され、分解されて再利用される運命を背負っていた。


意思を持たせないよう徹底的に制御されていた彼らの知性は、浮遊艦に設置された「知性化AIコア」が管理し、トラプトニアンの命令に完全に従属するものだった。


しかし、この状況が変わる契機が訪れた。それは、レイナが率いるヴァルハラ隊の大胆な行動によるものだった。ヴァルハラ隊が浮遊艦の知性化AIコアから意思制御ユニットを奪取して以来、少数ながら意思を持ち始めたレプリシアンが現れた。ヴェインもその一人だった。


第五浮遊艦――インド洋上に停泊するトラプトニアンの戦術支援艦。この巨大艦は、レプリシアンたちを制御する中枢として機能していた。そして今、この艦の混乱を利用する絶好の機会が訪れた。


トラプトニアン内部で発生している混乱に乗じて、レイナの部隊とヴェインを中心としたレプリシアンたちは、この支援艦を乗っ取る計画を立てた。


目的は二つ。ひとつは、レプリシアンの意思を縛る制御ユニットを破壊し、彼らに自由を取り戻すこと。もうひとつは、この第五浮遊艦そのものを手に入れることだ。




この計画の鍵を握っていたのは、穏健派外交官カリドゥスだった。彼は密かに輸送船を手配し、ヴァルハラ隊とレプリシアンを第五浮遊艦へ送り届ける手助けをした。


高速輸送艇のコックピットに座るカリドゥスが静かに告げた。


「まもなく到着する。」


レイナの声が全員に響き渡る。


「幻覚剤散布開始! 全員、マスクを着用!」


幻覚剤――2つ目の魔女の毒『落とす毒』である。この毒は以前に仕掛けておいた『誘う毒』と混ざることで強力な効果を発揮する。幻覚を見せるだけでなく、吸引者を夢のような世界をさまよう作用がある。


ヴァルハラ隊は水の汲み上げ作業の監視として一度乗艦した際に設置した2つの毒――『誘う毒』と『落とす毒』を同時に仕掛けていた。


高速艇がドッキングポートに接続されると、ヴァルハラ隊、カリドゥス、ヴェインを含む部隊が一斉に浮遊艦へ乗り込んだ。


「戦う意志のない者への攻撃は禁止だ。」レイナは厳しい口調で命じる。


「艦橋を制圧し、艦の制御を奪う。その後、乗員を拘束し、高速艇に乗せて自動航行で母艦に送り返す。」


浮遊艦内の乗員は約50名、そして作業ロボットが1000体以上稼働している。


艦橋に到達すると、ガスマスクを着用した一人の人影が静かに立っていた。その異様な光景に、レイナが銃を構えながら声を上げる。


「動くな!」


人影はゆっくりと両手を上げた後、ガスマスクを外し始めた。その顔が現れた瞬間、場の空気が一変する。


それは、穏健派評議員のレムトラだった。


「うまくいったようだな、レイナさん、カリドゥス。」


穏やかながらも重みのある声が艦内に響いた。


カリドゥスは一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに一歩前に出て深く頷く。


「はい……お父さん。」


彼の胸には、父への尊敬と共に、この戦いに巻き込んでしまった申し訳なさがあった。


「息子よ、迅速に対応するのだ。ここからが本番だ。」


レムトラのその言葉に、カリドゥスは静かに拳を握り直した。


「作業ロボットの制御はしておいた。乗員を高速輸送艇に乗せるように指示してある。」


カリドゥスが水面下で進めていた根回しが、ここで効果を発揮したのだ。そして、その背後には父であるレムトラの協力があった。彼もまた、強硬派の不穏な動きを察知し、息子に協力する道を選んでいたのだ。


レイナは短く指示を飛ばす。


「次のフェーズに進む。全員、準備を整えろ。」


散布された毒が循環システムを通じて艦内全体に広がると、乗員のほとんどが次々に意識を失い、床に崩れ落ちた。


作業ロボットが迅速に動き出し、50名の乗員を拘束して高速艇へ収容する。設定された自動航行プログラムにより、彼らは石船へと送られていった。


艦橋に集まったレイナたちは、レプリシアンの意思制御ユニットとのリンクを断つ操作を開始した。


「これで終わりだ。」


彼の指が最後の解除コードを入力すると同時に、モニターに映る戦場の光景が劇的に変わった。制御ユニットから解放されたレプリシアンたちは、一斉に武器を置き、その動きを止めた。

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