数日後の夜。夏の名残が消え、秋の風がひんやりと肌を包み込んでいた。澄んだ夜空に星が瞬き、木々はほんのり紅や黄に染まり始めている。虫の声が静かな夜に響き、秋の訪れを感じさせる静かな夜だった。
「ところで、イモケンピのこの世界での望みは何?」
私がそう尋ねると、イモケンピは少し笑いながら答えた。その笑みには皮肉も誇りも混じっているようだった。
「私は下級の悪魔だからな。王になり、民を支配することだ。だが、それだけでは足りない。」
彼は続けて言った。
「悪魔の上級ともなれば、軍団を持つ。それが普通だ。しかし、私はそれ以上を望む。」
彼の赤い瞳が鋭くなる。
「崇拝ではない――民に信仰されるような存在だ。それが私の野望だ。」
その言葉の重さに、私は思わず息を飲んだ。彼の望みは単なる権力や支配欲ではなく、存在そのものを超越する野心だった。
イモケンピは少し間を置いてから、自分の過去について語り始めた。
「私は生まれたときから地獄の最下層にいた。本能だけで生きる動物のような存在――最下級の悪魔たちに囲まれてな。そこは光もなく、声すら響かない暗黒だった。」
彼は視線を少し落とし、静かに続けた。
「なぜそこにいたのかは知らない。だが、生まれてしまった以上、状況を変えるしかなかった。」
その瞳に宿る光は、かすかに揺れる炎のように見えた。
「下級の悪魔は上級の悪魔にはなれない。」
イモケンピは低い声で続ける。
「生まれが違うからだ。血が違う。人間と同じだ。金持ちと貧乏人の違いみたいなものだ。だがな、状況を変えることはできる。可能性はある。私は諦めなかった。目の前の餌を奪い合う愚か者たちとは違う。考え続けたんだ。状況を変える方法を。」
彼は一呼吸置き、赤い瞳で私をまっすぐに見据えた。その目には、深い決意と冷徹な覚悟が宿っていた。
「そして、チャンスが訪れた。誰も気づかないような小さな扉だった。上級悪魔は目にも止めないだろう。下級悪魔はその意味すらわからない。だが、私は違う。迷わずその扉を開け、この世界に足を踏み入れた。」
彼の声が少し低くなる。
「私が求めるのはただ一つ。この世界で王になることだ。」
私は彼の言葉を聞きながら静かに頷いた。そして、強い決意を込めて答えた。
「わたしがあなたを王にします。」
その言葉に、イモケンピは一瞬驚き、次に嘲笑のような笑みを浮かべた。
「人間が何を言う。」
しかし私は動じなかった。彼の目を見つめながら、さらに言葉を続けた。
「あなたが王になったら、その翼を私にください。」
イモケンピの笑みがさらに深まり、その声が低く響いた。
「できるはずがない。だが……面白い契約だな。いいだろう。」
私は慎重に言葉を選びながら、提案を口にした。
「トラプトニアンの前で、水に呪文を唱えてください。そして、その水を浄化したと伝えてください。」
イモケンピは赤い瞳を細め、興味深そうに私を見つめた。
「聖水を作れというのか?……人間らしい発想だな。」彼は笑った。
「まあいい、面白そうだ。」
私は、さらに言葉を続けた。
「なるべく壮大で、彼らを圧倒するような演出が必要です。見た目にも神聖さを感じさせる、そういう場面が。」
イモケンピは微笑を浮かべながら私を見た。
「どうやら、召喚主よ、お前の中にも少しは悪魔的な策が眠っているらしいな。どうすればいい?」
私は迷わず答えた。
「演出の参考にこれを見て。」
そう言って、古びたプレイヤーでで演説が有名なロボットアニメのシーンを映し出した。次いで、メガネの魔法使いが活躍する長編映画の場面を再生した。
さらに、「神の手」の教祖である瓢六(ひょうろく)にも協力を仰ぎ、信者をまとめるための演出ノウハウを取り入れた。
瓢六は実現可能なアイデアを次々と提案し、計画はより洗練されたものになった。
「これで準備は整ったね。」私はイモケンピに向き直り、小さく息を整えた。
「あとは、イモケンピが演じるだけ。」
イモケンピは楽しげに笑い、杖を手に取る。
「任せておけ。」
その言葉には、不敵な自信と、どこか不思議な温かさが同居していた。