私たちは廃村を後にし、地下室に戻ることにした。冷たい空気がまとわりつき、誰もが口数少なかった。
地下室に戻ると、ドクター・ヴォーンが相変わらず古書を読みふけっていた。その集中力はいつ見ても尋常ではない。彼の周りには山のように積まれた本と、ランプの光が影を落としていた。
「どうだった?」ドクターが顔を上げずに尋ねる。
私は廃村で起きた出来事を一から説明した。天秤が崩れたこと、手の甲に刻まれた模様、母の手紙に記された「魂の分配」という能力のこと……。
話を聞き終えたドクターは、一瞬だけ考え込んだ後、古書の一冊を指差した。
「この地下室の古書で、似たような記述を読んだ。」
ドクターはそう前置きし、説明を始めた。
「天秤は正邪を測る象徴であり、公平性を表す道具だ。この天秤を誰にも触れさせないようにするため、扉の中に隠していたのだろう。この天秤を持つ者は、裁きを与える存在になる運命を背負うのかもしれない。」
ドクターは手元の書物を開き、さらに言葉を続けた。
「この書によると、その扉は、地獄から召喚されたもので、開かれるべき時にだけ鍵が現れる仕組みらしい。」
彼の言葉を聞き、私はイモケンピのことを思い出した。あの悪魔もまた、何かに導かれてこの地に来たのだろうか。天秤を守り、そして私に力を与えるために存在しているのではないか……。
ドクターはさらに話を続けた。
「手紙に書かれていた『魂の分配』についてだが、私の推測では、あなたの望む相手から寿命を抜き取り、同じように別の誰かに寿命を与えることができる能力だ。」
私は息を飲んだ。その力の意味するところが、あまりにも重すぎる。
「試してみるといい。」
ドクターが静かに言う。その声は落ち着いているが、どこか挑むようでもあった。
「どうすればいいの?」
私は小さな声でドクターに尋ねた。
ドクターは静かに微笑み、古書を一冊手に取った。
「まずは、力の本質を理解することから始めよう。これはただの能力ではなく、選択を伴うものだ。誰に何を与え、誰から何を奪うか。その全てが、あなたの意思にかかっている。」
彼の言葉は正しい。私にそんな大きな責任を背負えるのだろうか……。
しかし、それが私の使命であるならば、この力を試してみたい――私は胸の中でそう強く思い始めていた。