しかし、手紙に書かれていた「魂の分配」という能力が、どういうものなのか全く分からなかった。誰かの寿命を奪い、誰かに与える……そんな力が自分にあるのだろうか?
私はふと自分の手を見つめた。普通の人間と変わらない手だ。今まで何か特別な力を感じたこともないし、何かを変えられるとも思えない。
「これが……悪魔と人間の子の力?」
自嘲気味にそうつぶやいたが、心のどこかに小さな不安が芽生え始めていた。もし本当にそんな力があるなら、私はどう使えばいいのだろう?それに、この力は本当に人々の役に立つのだろうか?
彦作が私の隣に立ち、ちらりとこちらを見る。いつも軽口を叩く彼だが、その顔には珍しく驚きが浮かんでいた。
彦作は何か言いたげに口を開けたり閉じたりしている。どうやら彼もこの状況を整理しきれていないようだ。
一方で、瓢六は落ち着いていた。手紙の内容を全て把握した上で、既に次の行動を考えているかのような様子だった。
手紙を読み終え、私はテーブルの上の天秤に目をやった。その天秤は不思議な力を帯びているように見えた。
「これが……母の遺したメッセージ?」
私は独り言のようにつぶやいた。だが、その時、天秤が音もなく揺れ始めた。
カタン……カタン……。
私はその場から動けず、天秤の揺れる音だけが響き渡った。
「ボス、大丈夫ですか?」
彦作の声が背後から聞こえたが、振り返ることができず、ただ頷いた。心の奥に、母の声が響いているような気がした。
私は天秤を持ち帰ろうと手に取った。だが、次の瞬間、それはまるで灰のように崩れてしまった。何も残らない、ただの塵になった。
「えっ……」
驚く間もなく、手の甲に激痛が走る。焼けるような痛みが広がり、思わず手を引っ込めた。見下ろすと、そこには天秤の模様が鮮やかに浮かび上がっていた。
「これは……?」私は思わず声を漏らした。
彦作と瓢六も、私の手の甲に刻まれたその紋様を見つめ、驚きに言葉を失っている。
「何が起きたんだ……」彦作がぽつりとつぶやく。
その場で私たちは考え始めた。この奇妙な出来事――そしてこの『門』と言われる地に集まった私たち。
「悪魔が能力のある者に呼びかけ、浄化された悪魔と母の魂が、私達をここに集めた……」
母が亡くなったのは6年前。天秤の崩壊と手の甲の模様が、それを思い出させた。
そのとき、瓢六が静かに語り始めた。
「私が『啓示』を受けたのも6年前のことです。新しい世界へ導く神の使者となれ、そういう声が聞こえました。以来、この地に来るよう導かれたのです。」
その言葉に、私は心がざわめいた。
「レイナの話でも、この地が何度も夢に現れたって言ってたよ。『大地の導き』だと思ってここに来たって。」と彦作が説明した。
彦作自身も謎の異動で、この地にやって来た。
「場違いな部署に転属させられたのは、何かに誘導されたからなんですかね……」
ドクター・ヴォーンについても話が出た。
彼は、誰かにこの地の「エネルギー体」に気づかされたと言っていた。あのドクターが、この地に魅了されるほどの理由――それもまた、何者かの導きによるものだろう。
祖父、父、母は、地球を守る使命を果たさせるために、私たちをこの地に導いたのだ。
「イモケンピはどうなんだろう?」彦作がぽつりと言った。
鍵を持っていた悪魔――イモケンピ。彼もまた、何かに導かれてこの地に現れたのだろうか。その鍵が意味するもの、そして彼の存在そのものが、この謎の核心に近いのではないか。
「やっぱり、すべてが繋がっているんだ……」
私はそうつぶやいた。天秤の模様が刻まれた手の甲が、熱を帯びるように感じられた。