石船にいたイモケンピは、その頃、自らの役割を全うしたことに満足し、地上へ戻ることを決めていた。しかし、去る前に住民たちへ最後の言葉を残した。
「忘れるな。この星の水が持つ力を――そして、私の存在を……」
その声は船内に響き渡り、不気味な余韻を残した。イモケンピはレプリシアンの体を乗っ取り、静かに地上へと戻っていった。
トラプトニアンたちの母船は静寂に包まれていた。しかし、その静けさは平穏ではなく、押しつぶされそうな緊張感に満ちていた。やがて、船内の水が汚染されていることに気づいた乗員たちは一斉に混乱に陥った。
原因も解決策も見つからない中、ただ一つ確かなことは、彼らの心に深い恐怖が刻み込まれているということだった。
同じ頃、地球に滞在している浮遊艦では、レイナ・ヴァーゴの仕掛けが発動していた。浮遊艦内では乗員たちの間で奇妙な現象が次々と報告されていた。
浮遊艦に仕掛けられていた『魔女の毒』が発動したのだ。魔女の毒には2種類ある。ここで使われたのは、夢の世界へ誘うような作用を持ち、頭をぼんやりさせ、思考を停止させる『誘う毒』だ。
次々と乗員たちが何も手につかない状態になり、艦内には原因不明の混乱が広がっていった。
「地球の水が原因ではないか?」
そんな疑念が広まり、母船からの情報がそれに拍車をかけた。トラプトニアンたちは地球の水を避け始め、接触することさえ恐れるようになった。
この混乱の中で、戦闘行為が減少し、奇妙な平穏が訪れていた。
一方、地上ではイモケンピがドクター・ヴォーンを訪れていた。
彼が乗っ取ったレプリシアンの体は、ドクター・ヴォーンの協力によって安定化され、完全な姿を成していた。ヴォーンはその成果に高揚し、興奮を隠しきれない様子で手元のデータを眺めている。
「じいさん、どうだ? うまくいきそうか?」
イモケンピが不敵な笑みを浮かべながら問いかける。
「ああ、これはいい!永遠の体が手に入る日もそう遠くはないかもしれんな。」
ドクターは研究を進めながら、高揚した表情を浮かべていた。
イモケンピがレプリシアンの体と完全に一体化したその時だった。
チャリンッ。
何かが床に落ちる音がした。
「ん?」
ドクター・ヴォーンが音のした方に目をやると、床には複雑な形状をした奇妙な鍵が転がっていた。ヴォーンはそれを拾い上げ、イモケンピに問いかける。
「これは一体何だ?」
イモケンピは鍵に目を向け、不思議そうに首をかしげた。
「知らん。そんなものを持った覚えはない。」
ドクター・ヴォーンは鍵を眺めながら考え込む。そして、やがて顔を上げ、推測を口にした。
「これは、私の予想に過ぎませんが……もしかしたら悪魔殿は鍵の悪魔……いや、鍵を象徴する悪魔なのかもしれませんな。」
イモケンピは眉をひそめ、さらに問い返す。
「鍵の悪魔、だと?」
「そう、悪魔殿の魂が完全に複製人間に写ったので、媒介となっていた鍵が姿を表したのではないかと考えられます。」
ヴォーンは鍵を見ながら続けた。
「あなたの召喚主はなにか扉を開けたいという意思があって、あなたを呼び出したのかもしれません。」
そう言うと、ヴォーンは鍵をイモケンピに手渡した。
イモケンピは鍵をじっと見つめながら低く呟いた。
「ふむ。私が鍵か……ならば、その扉の先に何があるか見てみるのも悪くないな。」