石船の住民たちの恐怖と疑念は暴力へと変わり始めた。影を見る者、見ない者、毒水を信じる者、否定する者が互いに衝突を繰り返し、居住区域は破壊されていった。
「お前が影を呼んだんだ!」
「いや、お前が飲ませたんだろう!」
「霧が……霧が俺を追ってくる!」
「そいつは毒水を飲んだ。もう手遅れだ。」
「近寄るな!影が移る!」
言葉が通じなくなった住民たちは拳を振り上げ、物を投げつけ合った。居住区域の廊下には血痕と瓦礫が散乱し、修復不可能な状態に陥った。ある家族は部屋に立てこもり、外に出ることを拒否した。
「水も影も怖い……何が本当なのか分からない……。」
評議会でも対立は最高潮に達していた。
「お前たちは水を使って我々を毒殺しようとしている!」
「馬鹿げている!この混乱を煽っているのはお前たちだ!」
強硬派と穏健派の争いは激化し、罵声が飛び交う会議室の中で、隅に漂う霧を見た者が震えながら呟いた。
「影が……ここにも……いる……。」
その一言をきっかけに、会議室は完全に混乱に包まれた。評議会の分裂は決定的となり、上層部の混乱は石船全体の崩壊を加速させた。
「恐怖と信仰――これほど便利なものはないな。」
住民たちは互いを非難し、暴力の連鎖が止まらなくなった。命を落とす者が続出し、もはや誰も状況を収めることができなくなっていた。
居住区域に響く叫び声と破壊音が、石船全体の終焉を暗示していた。その混乱の中心で、イモケンピは冷たい笑みを浮かべていた。
「見ろ、この崩壊する姿を。美しいな。」
彼の計画は着実に進行し、石船を破滅へと導く流れが加速していた。
日本統合防衛司令部に届いた報告は衝撃的だった。
「トラプトニアンの母船で内部紛争が発生しました。高官が複数殺害されたとのことです。現在、強硬派と穏健派の対立が激化している模様です。」
私はその言葉を聞きながら、イモケンピの影響を改めて理解した。彼の力は想像を超えていた。直接的な攻撃ではないにも関わらず、石船を根底から崩壊させつつある。
「……これが、イモケンピの力?」
自分でも驚くほど震えていた。イモケンピの「貶める能力」を軽く見ていた自分を恥じた。彼はただの下級悪魔ではない。その冷徹な計画性と狡猾な策略は、宇宙全体をも混乱に陥れる力を秘めている。
この混乱がいずれ地球にも及ぶのではないか――胸の中に恐怖が広がっていく。
そして、胸を刺すように後悔を呼び起こした。
「イモケンピ……、もっと相応しい名前をつければよかった……」