イモケンピが石船に乗り込んでから、すでに3週間が経過していた。その間、彼の「貶める能力」は静かに、しかし確実に石船を内部から蝕んでいた。この力は直接的な暴力を伴うものではなく、相手の心理を巧妙に操り、疑念や不信を増幅させることで崩壊を引き起こすものだ。
彼が植え付けた疑念と蔑視は、トラプトニアンたちの精神をじわじわと壊し始めた。かつて調和を保っていた社会は徐々に乱れ、わずかなほころびが広がり始めた。住民たちは日常生活の中で説明できない不安に囚われるようになり、次第に視界の端に暗い霧のような影を見る者が現れるようになった。
「……また影が見えた。」
誰かが呟くたびに、周囲の住民は不安げに視線を交わし、言葉も交わさず立ち去る。その影の正体は分からなかったが、その存在が確かに心を蝕んでいた。
「影を見た者は死ぬらしい。」
「影が見える者は毒水を飲んだからだ。」
噂は静かに、しかし確実に広がり、不安と疑念が住民たちを支配し始めた。
イモケンピは石船の混乱が深まる様子を冷静に見守っていた。その赤い瞳が細められ、微笑みが浮かぶ。
「やはり、壊すのは簡単だな。だが、まだまだだ。」
「地球の水には毒が混ざっている。穏健派はその水を利用して、我々を弱体化させようとしている。」
この言葉により、強硬派の中では「地球の水は毒」という考えが急速に広がった。
「地球の水は汚染されている。見えない毒が混ざっているのだ。飲んでみろ、次第にお前の体も精神も崩れていく。」
「穏健派はこの毒水を利用して、強硬派を無力化しようとしている。」
評議会の議論は次第に激化し、話し合いは罵倒と非難の応酬へと変わっていった。
居住区域でも「水を飲むと影を見る」という噂が住民の間で広まり、さらなる混乱を引き起こした。
「昨日、水を飲んだ子供がずっと怯えている。何かが見えるらしい。」
「影を見た者は、もう助からない。」
影を見る恐怖が伝染病のように広がり、住民たちはお互いを疑うようになった。そして、水そのものを恐れる者まで現れるようになった。