石船――それはただの宇宙船ではなく、宇宙を漂うひとつの国家だ。その外見は、宇宙空間に浮かぶ巨大な岩の塊だが、内部には驚くほど調和の取れた都市が広がっている。
イモケンピが到着したドッキングポートは、石船の外縁部に設けられた多数のアクセスポイントのひとつだ。艦内に一歩足を踏み入れると、彼の目に飛び込んできたのは、広大なエコシステムと複雑に入り組んだ通路の数々だった。
下層には青々と茂る植物が広がり、まるで地球の熱帯雨林を彷彿とさせる豊かな緑、その上空には、人工太陽が柔らかな光を降り注ぎ、自然に近い環境を作り出している。
植物の間を縫うように張り巡らされた水路が、絶え間なく循環する。水はきらめきながら流れ、石船全体に酸素と生命を供給している。その景観は、生物と技術の完全なる融合であり、まさに“生きた船”という表現がふさわしい。
石船の統治は、トラプトニアン評議会が担っていた。かつて絶対的な権威を持っていた「水の王」の座は空席となり、現在は評議会議長が最高権力者となっている。評議会は上層の管理区域に位置し、政治と民衆の管理を司る中枢機関だ。
一方、一般市民の住む中層の居住区域では、整然とした植物に覆われた有機的な住居が並び、住人たちは日々の仕事に従事している。表面的には調和の取れた社会だが、評議会の政策による厳しい管理と階級の格差が垣間見えた。
イモケンピの目的は明確だ。石船の中枢に到達し、住民たちに「地球の水が毒である」という恐怖を植え付けることで、社会全体に混乱を引き起こす。その恐怖は評議会にも波及し、彼らの統治の基盤を揺るがすだろう。
「ここからが本番だな。」
イモケンピは取り憑いた高官の視界を通じて、船内のエコシステムと秩序を観察した。整然と保たれたこの船を混乱の渦に巻き込む――その計画が始まろうとしていた。
石船内では、地球から輸送された海水の詳細な成分分析が数日間にわたって行われていた。科学者たちはあらゆる角度から水の特性を検証し、地球の海水は燃料としても生活用水としても優れた品質を持つと結論付けられた。
こうして、地球から供給された水が石船全体に分配されることが決定した。
循環システムが稼働を始めると、その水はエコシステムを通じて各区域に行き渡り、トラプトニアンの生活基盤を支える重要な資源として利用されるようになった。下層の植物はその水を吸い上げ、酸素を供給する役割を果たし、中層の住民たちはそれを飲み水や日常生活の中で使用する。水は瞬く間に、石船の生命線として不可欠な存在となった。
その様子を、高官の身体を借りたイモケンピが冷静に見つめていた。船内の循環が順調に進む中で、彼は次なる行動の準備を進めていた。
「そろそろだな。」
イモケンピの低い声が、冷たい闇の中に響いた。