地球防衛司令部の壊滅から2週間が経過した頃、私たちは次の計画を実行に移していた。
日本への使者として来ているトラプトニアンのカリドゥスと瓢六が、北太平洋上に浮かぶ第三浮遊艦との交渉を重ねた結果、ついに我々の提案を受け入れるという合意に至った。
この成果を機に、浮遊艦の司令官は私たち交渉団を艦内に招待するという意向を示した。
表向き、この訪問の目的は「友好の証としての水の提供」を強調し和平の交渉をすることだ。しかし、実際には、私たちの胸の中にそれぞれ異なる思惑が渦巻いてる。
私が浮遊艦に乗る理由は二つあった。ひとつは、トラプトニアンの上層部が本当に交渉に応じ、水の提供を受け入れるつもりがあるのかを確認すること。もうひとつは、イモケンピをトラプトニアンの高官に憑依させるためだ。
イモケンピの能力は特殊だが、制約もある。憑依できるのは、私のように憑依されているものの手の届く範囲にいる者だけ――つまり、浮遊艦に同行し、トラプトニアンの中枢に直接彼を送り込む必要があった。それが、この訪問の裏に隠された真の目的だった。
「こんなにもうまくいくとはな。」
イモケンピが嘲笑を浮かべ、壁に寄りかかりながら口元を歪めた。
私は彼の態度に一瞬苛立ちながらも、冷静さを保って言い放った。
「この作戦が成功するかどうかは、イモケンピがどれだけ混乱を引き起こせるかにかかってるからね。」
イモケンピはどこか楽しんでいるようにも見える。
「任せておけ。混乱を操るのは、悪魔が最も得意とすることだ。」
彦作とレイナ・ヴァーゴ率いる部隊も、護衛と水の汲み上げ作業の監視を名目にこの訪問に加わる。不測の事態が起きた場合に迅速な対応をする意味合いも含んでいたが、実際の目的は、浮遊艦を攻略するための仕掛けを密かに設置することだった。
さらに、ドクター・マーカス・ヴォーンも「自然環境調査官」という名目で浮遊艦に同行する。彼の目的は表向き、環境保全の視点から水の提供がトラプトニアンに与える影響を調査することだったが、裏ではトラプトニアンの技術や意図を徹底的に分析することにあった。
これらの人選もまた、すべて瓢六とカリドゥスが周到に計画し、仕組んだものだった。その中には、日本統合防衛司令部の司令官・真田与作とその側近2名が含まれている。副司令官の三河梅子、そして補佐官の近江庄助。この人選には明確な意図が隠されていた。
この地を和平の中心とするためには、表立った組織とその代表としての彼らの存在が不可欠だった。彼らの肩書と権威は、和平の正当性を裏付ける象徴であり、同時にトラプトニアン側に対しても信頼を示す鍵となる。
表向きの目的と裏の思惑が絡み合い、ひとつの巨大な計画として進行している。
浮遊艦に到着する前夜、私はレイナ、瓢六、彦作、そしてドクター・ヴォーンと一室に集まり、情報を共有した。それぞれの計画を確認し合う必要があった。艦内でのそれぞれの行動を事前に把握しておかなければ、些細なミスが命取りになる可能性がある。
「私の目標はシンプルだ。」
レイナは冷静な声で話し始めた。
「地球に飛来している艦隊を混乱させ、可能であれば掌握する。浮遊艦を乗っ取るチャンスがあれば、絶対に逃さない。」
「その野心的な計画、実にあなたらしい。」
瓢六が微笑みながら頷く。
「私は交渉を続け、他の浮遊艦でも水の提供を許可させるつもりです。トラプトニアンに『神の手』が信頼できる存在であることを示し、新たな未来への道を開く。それが私の目的です。」
「私は……」
私の会話に割り込むように、イモケンピが不敵な笑みを浮かべて口を開いた。
「石船に取り憑いて、住民たちに地球の水が毒だと信じ込ませる。その混乱と恐怖で奴らを支配するのだ。」
一方で、ドクター・ヴォーンは静かに腕を組み、全体の流れを見据えているようだった。
「私は彼らの技術を手に入れるつもりだ。特に複製人間の技術を手に入れて研究を完成させたい。」
それぞれの計画は複雑に絡み合い、それぞれが異なる目的を持ちながらも、互いに依存していた。