その日の夜、私は考えていた。蒸し暑い夏の空気が窓から入り込み、カーテンをゆるやかに揺らしている。湿った空気に混じる草の匂いと、時折吹き込む涼しい風が、じっとりとまとわりつく暑さをほんの少しだけ和らげ、夜の静寂を際立たせている。
そんな夏の夜の重たさに包まれながら、私はまるで世の中そのものが私に大きな選択を迫っているような感覚に囚われていた。地球を守るために、悪魔を使役するという異常な手段――それが正しいのかどうかはもうどうでもよかった。
ただ、戦争を終わらせたとして、人類は本当に変わるのだろうか? 私にはその希望が持てなかった。人類は、いつだって同じ過ちを繰り返す。一部の愚かな者たちが力を持ち、己の欲望を満たすために他者を蹂躙する。それが人間の本性なのだろうか。
理想の世界――誰もが平和に暮らし、互いを尊重する世界。それを手に入れるには、その愚かな部分を排除しなければならない。そう考えるたび、胸の中で何かが崩れ落ちていくような気がした。
しかし、やるべきことはわかっている。
私は静かに、そして意志を込めてつぶやいた。
「私は平和な日常が欲しかっただけだ……きっと、そう思っている人がこの世界にはたくさんいる。その人たちのためにも、私は大きな選択をしなければいけない。」
その言葉は、私自身に向けた決意の宣言だった。
「運命に抗え。」
突然、イモケンピが壁にもたれかかりながら言った。
私は驚いて彼の方を振り向く。彼は缶詰の蓋を指先で弄びながら、薄く笑みを浮かべている。その赤い瞳は、私の心の奥底を見透かしているかのようだ。
『運命に抗え』
とても悪魔の言葉とは思えない言葉だった。しかし、イモケンピは地獄の最底辺にいる下級悪魔という運命に抗って地上に出てくることができた下級悪魔だ。イモケンピの言葉が深く心に突き刺さった。
「抗う?」
その言葉が頭の中で反響する。私はその意味を問いかけるように彼を見つめた。
「そうだ。運命なんてものは、最初から決まっているように見えて、実はそうじゃない。」
イモケンピは蓋を放り投げ、口元に不敵な笑みを浮かべたまま言葉を続けた。
「選ぶのはお前だ。誰かが用意した結末なんてくだらない。自分で選んだ道を歩め。」
その言葉は、私の心に小さな炎を灯した。迷いを断ち切るきっかけを与えられたように感じた。
運命に抗う――それは、この戦争を終わらせるだけでなく、人類の未来を選び取ることだ。愚かな過ちを繰り返させず、平和を築き上げる。その道がどれほど険しくても、私は進むしかない。
「やるしかない。」
そう呟きながら、覚悟を新たにした。戦いは、まだ終わっていない。