スーパーマーケット攻防戦から数日が経過した夏の夜、私たちはドクター・ヴォーンの研究所を訪れていた。彦作が「相談したいことがある」と言い、わざわざこの場所を指定したからだ。
ドクター・ヴォーンの研究所は、まるで異界の骨董屋のようだった。ボロボロの槍先、古びた盃、石板、指輪、剣――オカルトじみた品々がところ狭しと並び、部屋全体に奇妙な雰囲気が漂っている。まさにオカルトオタクらしい空間だ。
その研究所の一角で、私たちはくつろいでいた。妙に静かな空気の中、彦作が不意に口を開く。
「ボス、何かおかしいと思いませんか?」
「ん?何が?」私は気の抜けた返事をしながら、彦作の顔を見た。
「悪魔、魔女、陰陽師、オカルト科学者、超能力者……こんな異質な人間が集まることってあります?」
彦作の言葉に、私は少し考え込んだあと口を開く。
「それは、私も考えていた。類は友を呼ぶって言うけど、そんな言葉では説明がつかない。」
「まるで、何かに導かれているようですな。」
ドクター・ヴォーンが興味深げに言う。
「それにしても――だいたい、なんで悪魔が普通に見えるんですか?」
彦作が苛立ったように続ける。
「教えてやろう。」
その声が部屋に響くと、イモケンピが静かに立ち上がり、赤い瞳をこちらに向けた。まるで、すべての答えを知っているかのように。
「悪魔も天使も幽霊も、創造したのは人間だ。」
イモケンピは静かに言葉を紡ぎ始めた。その声は、まるで事実を淡々と述べる教師のようだった。
「創造しておきながら、それを見えづらいものと定義したのも人間だ。しかし、創造された以上、それらは実在する。正確には――実在すると“信じる者”にとってのみ、実在する。」
彼はゆっくりと私たちを見渡し、さらに続ける。
「信じるというのは、頭で考えることではない。魂で信じる、という意味だ。迷いなく、純粋に、当たり前のように存在すると受け入れること。そうした人間にとって、それらは確かに存在する。そして、悪魔を呼び出せるのは、純粋にその存在を信じている者だけだ。」
彼の言葉に、部屋の空気がどこか冷たく引き締まる。
「呼び出した人間がそれを具現化した時、呼び出した者を心から信頼している者がいれば、その者もまた、それを『見る』ことができるようになるということだ。これは単なる暗示ではない。実際に存在しているが、それを見ようとするか、しないかの違いに過ぎない。魂がそれを信じ、見ようとした時にだけ、それらは姿を現す。」
イモケンピは一拍置いて、赤い瞳を細めた。
「だが、ここで一つ問題がある。」
彼の声は少し低くなった。
「悪魔の召喚は、盲目的に悪魔を信じる者にしかできないはずだ。それがルールだ。だが――私の召喚主であるお前は、悪魔の存在を信じていなかった。それなのに、私を召喚することができた。」
イモケンピは腕を組み、静かに天井を仰いだ。
「なぜ召喚できたのか――それは私にもわからない。」
彼の言葉は、奇妙な余韻を残していた。
「ほーう。」
私は話を聞きながら相槌を打つ。
「半分ぐらいわかった。いや、30%ぐらいか……」彦作がぼやくように言った。
「呼び出せないはずのボスが悪魔を召喚し、さらに他にもオカルティックな人たちが自然と集まる。なんか、不自然な気がしませんか?」
彦作が続ける。
「偶然とは呼べないね。何か――"大きな意図"が動いている可能性がある。」
ドクター・ヴォーンが、眉間に皺を寄せながら冷静に言った。その目は鋭く、既に何かに気づいているようにも見える。
「ミステリーだな。探偵業でも始めるか?」イモケンピが肩をすくめ、軽口を叩いた。
だが、その冗談の裏に潜む真実は重い。調べたほうがいい――私たちはそう結論づけ、この不可解な現象についてて、時機を見て調査を進めることに決めた。