数日が経過したが、和平の進展は見られなかった。私が提案した「水の提供による交渉案」に対して、人類側の強硬派である地球防衛司令部(Earth Defense Command, EDC)は、それを拒否。トラプトニアン側もまた警戒を解かず、双方が睨み合う状況が続いていた。
唯一の例外は、北太平洋上空に浮かぶ第三浮遊艦だった。トラプトニアンの強硬派が支配するこの艦は、「水と他の献上品が提供されれば交渉の席に着く用意がある」と伝えてきた。だが、それ以上の進展はなかった。
ここまでは、概ね予想通りの結果だった。
そんな中、瓢六がある計画を提示した。
「地球防衛司令部を壊滅させます。」
その言葉は、静寂の中に鋭い刃を投げ込むようなものだった。彼の声は驚くほど冷静で、冷徹な響きを帯びていた。
司令官の真田は、椅子を僅かに軋ませながら問い返した。その声には困惑と警戒がにじんでいた。
「なぜ地球側の組織を攻撃する必要がある?」
瓢六は微かに笑みを浮かべた。その笑みは不気味なまでの確信を宿している。
「EDCこそが、この戦争を泥沼に引きずり込んだ張本人だからです。彼らの強硬な姿勢がトラプトニアンを挑発し、対話の芽を摘み取ってきた。彼らを排除し、その行動をトラプトニアン強硬派への“誠意”として示せば、交渉の席に引きずり出すことができる。」
真田は言葉を失ったまま、しばらく沈黙した。そしてようやく問いかける。
「本当にそれが可能だと思うのか?」
「可能です。」
瓢六の瞳には揺るぎない自信が宿っていた。冷静で、計算された確信。まるで、すでに勝利を手中に収めた者のようにさえ見えた。
瓢六の低く抑えた声が、部屋の空気を一層重くした
「近々、EDCは総攻撃を計画しています。」
「総攻撃?」司令官の真田が眉をひそめる。
「なぜ、それを知っている?」
「諜報部からの確かな情報です。」
瓢六は一切の感情を見せずに続けた。
「EDCは北極の第七浮遊艦へ全面攻撃を決行するつもりです。だが、その結果は火を見るより明らか。敗北が濃厚です。」
真田は驚きを隠せず、その場で声を上げた。
「無謀な自殺行為だな。」
「その通りです。」瓢六の声には、冷徹な落ち着きが漂っていた。
「だが、その無謀さこそが、我々に絶好の機会をもたらすのです。」
「どういうことだ?」
真田は鋭い眼差しを向けながら問い詰める。
瓢六は口元に薄い笑みを浮かべた。その表情には確信めいたものがあった。
「総攻撃の最中、EDC内部の防御網は必然的に手薄になります。彼らが外部で消耗している間に、その隙を突いて内部への強襲を仕掛けるのです。」
真田は腕を組み、しばし黙考した。そしてようやく、静かな口調で結論にたどり着いた。
「つまり、EDCを壊滅させ、地球人側の崩壊を交渉の材料として利用する、ということか。」
「その通りです。」
瓢六は短く頷いた。その表情は未来を見据えるように揺るぎない力強さを宿している。
「EDCを排除することで、トラプトニアン強硬派も交渉の席に着かざるを得なくなるでしょう。そして、和平への扉が開かれるのです。」
真田の顔には明らかな懸念が浮かんでいた。
「だが、そんなことをしたら、各国の政府や機関が黙っているとは思えん。内部分裂を引き起こしかねない。」
「心配無用です。」
瓢六は柔らかく微笑みながら言った。
「言い訳は私に任せてください。地球統合諜報機関(EUIA)に協力を仰ぎます。ドクター・マーカス・ヴォーン――彼はすでに我々に協力的です。」
「ヴォーン博士が……?」
真田は驚きを隠せなかった。
私は内心で静かに同意した。
「今、私たちはドクター・ヴォーンと協力関係にある――その事実が、この計画を実現可能にする。」
ここでの会議は、表向きの顔に過ぎない。この議題については、すでに昨日のうちに我々だけで終えている。
我々にとって『日本統合防衛司令部』という看板は、ただの飾りだ。交渉の場では、それなりの権威を持った組織が必要だからに過ぎない。
だが、実態は異なる。今や、我々は世界中の機関を裏で操りながら、トラプトニアンとの最終決着に向けた準備を着々と進めている。その実行拠点がスーパーマーケットだ。
世間では日常の象徴として知られるその場所こそが、この世界の命運を握る作戦会議の真の現場だ。食品が並ぶ棚の裏で、我々は新たな戦略を練り上げている。
この地球の未来を託されているのは、表の組織でも政府でもない。この場所で動いている我々だと言っても過言ではないだろう。