「煙幕!」
レイナの指示で、地上部隊が煙幕を展開する。
山中に濃い霧が発生したように、視界が真っ白に染まる。
妨害電波と煙幕の中で、敵ドローンが視覚を失い、その動きを止める。静寂の中、遠くからジェット機の轟音が響き渡る。
「敵目標の射線に入った。煙幕を確認。」
彦作が無線越しに報告する。
レイナは手のひらを空へ掲げ、静かに呪文を唱え始めた。その声に呼応するかのように、風が巻き起こり、煙幕を払い去る。月明かりが辺りを再び照らし、敵の姿がはっきりと浮かび上がった。
「目標確認!攻撃する!」
彦作は息を整え、操縦桿のトリガーを引いた。
ドドドドドドドドッ
機銃が激しい音を立て、弾丸が次々と放たれる。彦作の放った弾丸は的を外さない。
これが彦作の能力だ。未来が見える能力。敵の動きを読める能力。未来を見通すかのように、全ての弾丸が敵ドローンに命中していく。
ドローンの装甲は破壊され、火を噴きながら地上へ墜落した。暗闇の中に炎の花が咲き、地上で次々に爆発音が響き渡る。
「命中確認、目標排除。」
彦作は無線で冷静に報告した。その声には、戦況を支配する者だけが持つ落ち着きがあった。
レイナは短く応答する。
「よくやった、ウィッチナイト。」
夏の夜の蒸し暑さが再び空気を支配する中、戦場には一瞬の静寂が訪れた。
彦作の機体は低空を舞い、ゆっくりと夏の夜の暗闇へと溶け込んでいく。その背後には、破壊された敵ドローンの残骸が、勝利の痕跡として残されていた。
戦闘の余韻が静まり始めた頃、部隊は敵ドローンの機体を回収し終えた。その後、拠点としていたスーパーマーケットへ戻ると、広い駐車場には彦作のタイガーⅡが堂々と佇んでいた。
機体の近くでは、彦作がヘルメットを枕代わりに地面に寝そべっていたが、私たちの姿に気づくと体を起こし、大きく手を振った。
その顔には、無事に作戦を終えたという安堵と達成感が滲んでいた。彼の振る舞いはいつもの軽妙さを感じさせたが、その裏側には、自らの能力と運命を背負った者だけが持つ独特の疲労が見え隠れしていた。
「やるじゃないか。」
レイナが小さな笑みを浮かべながら彼に近づいた。普段の冷静な彼女が見せる柔らかな表情に、私も少し驚いた。
「まあな。」
彦作は照れくさそうだ。
「魔女の誘導のおかげだ。」
その一言に、レイナの顔がほんのわずかに赤らむ。彼女は冷静さを装いながらも、その微かな動揺を隠しきれない。
「当たり前だ。」
彼女の声は短く鋭いものだったが、その端々には、誇りとわずかな照れくささが混じっていた。
周囲の兵士たちが互いに笑い合いながら作戦の成功を讃え合う中、夜風が蒸し暑さの中に一瞬だけ涼しさを運んでくる。戦場の重苦しさとは裏腹に、この夜の風景には、不思議なほどの穏やかさが漂っていた。
「ん?作戦は終わったのか?」
スーパーマーケットの中から、イモケンピが悠然と出てきた。相変わらずの自信に満ちた態度だ。
「おい、この中で天国のことを知っているやつはいるか?」
唐突な質問に、一同は顔を見合わせた。沈黙が続く。
イモケンピは見下すように不敵な笑みを浮かべながら言った。
「ふっ、私は天国を見た。天国とは、この建物の中にある。」
そのあまりに大げさな発言に、一同が唖然とする。
「この中には大量の缶詰があるぞ!」彼は赤い瞳を輝かせて力説した。
「まだ手をつけられていない大量の食料だ!」
イモケンピの声に促されるように、皆がスーパーマーケットに駆け込んだ。
「ちょ、おい、待て!」イモケンピが慌てて叫ぶ。
「私が見つけたのだ!すべての権利は第一発見者の私にある!」
だが、誰も止まらない。私もその一人だ。夢中になって走っていた。
「絶対に手に入れたい。あれだけは誰にも渡したくない……」
その思いに突き動かされ、私はお菓子コーナーにまっしぐらだ。目指すのはただ一つ。
「かりんとうだ。全部私のものにしてやる。どれでもいいわけではない。細いかりんとうだ。茶色いやつ。他のかりんとうはくれてやる。だが細いかりんとうは誰にもやらん!」
和菓子コーナーにたどり着き、目にした光景に歓喜した。そこには、見たこともないほど大量のかりんとうが棚に並んでいる。
「あった!大量にある!久しぶり!会いたかった!お前たちはすべて私のものだ!」
私は叫びながら、手当たり次第に細いかりんとうを抱え込む。
そのとき、背後から冷たい声が響いた。
「それを欲というのだ、愚かな人間め。」
イモケンピだ。半笑いでこちらを見ている。
「はっ!」私は動きを止める。
そして、我に返った。これは欲だ……!私のこの姿、まさに戦争を始めた人間と同じではないか!
ふと、横目に彦作がいるのに気づく。彼はあからさまに蔑んだ目でこちらを見ていた。
「哀れだな、ボス。」彦作が呟くように言った。その言葉が突き刺さる。
私はしばらく沈黙したあと、細いかりんとうの袋を一つ手に取り、深呼吸した。
「これは……後でみんなで分けるから!」
言い訳のように小さく呟きながら、かりんとうを大事に抱えた。