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第42話 魔女のほうき

翌朝、私は薄暗い部屋の隅に置かれた地図を見つめていた。この計画が希望をもたらすのか、さらなる破滅を呼ぶのか、答えは見えない。


ただ、イモケンピの言葉が頭から離れなかった。


「言葉は毒にも薬にもなる。」


それは、悪魔の冷酷さと人間の本質を同時に見透かした言葉だった。


後戻りはできない。選んだ道を進むしかない。



この計画を実現するたに、レイナ・ヴァーゴの力が必要だと確信した私は、彦作を伴い彼女の基地へ向かった。


魔女の力を借りれば、この計画がより現実的になるだろう。


基地に到着すると、レイナは冷たい空気を纏いながら入口で待っていた。彼女の灰色の瞳が私たちを捉えると冷静な声で言葉を投げかけた。


「よく来たな。撃墜王も一緒か。」


私はレイナをじっと見つめ、静かに言葉を口にした。


「あなたの力が必要です。計画を成功させるために。」


彼女はわずかに目を細め、考え込むような仕草を見せた。その鋭い灰色の瞳が私の内心を見透かすかのように動き、ゆっくりと頷いた。


「話を聞こう。」


その一言で、張り詰めていた気持ちが少し和らいだ。私は小さく息を吐き、彼女の後ろ姿を追った。


彼女の後ろ姿からは、ただの指揮官ではない圧倒的な存在感が漂っていた。


「それで、どんな計画だ?」彼女が振り返ることなく尋ねた。


私は、昨夜イモケンピと交わした会話を簡潔に説明した。


「この悪魔を石船に潜入させ、乗員の意識を操作します。」


レイナが少し振り向きの眉が僅かに動く。彼女にしては珍しい反応だった。


「面白い話だが、洗脳なんて可能なのか?あの母船には80万人が居住しているぞ。」


「当然だ。」


隣でイモケンピが、何の躊躇もなくさらりと言い放った。


その冷ややかな一言に、レイナの口元がわずかに動いた。笑ったのかもしれない。彼女が続ける。


「奇遇だな。我々も似たような計画を進めているところだ。」


レイナの言葉に促され、作戦司令室に足を踏み入れると、そこにはヴァルハラ隊の面々が揃っていた。彼らはテーブルを囲み、ホログラムに投影された戦略図を見つめている。だが、その空気はどこか緩やかで、議論が停滞しているようにも見えた。


隊員たちは、資料を手に取る者もいれば、背もたれに体を預けて考え込む者もいる。


レイナはテーブル上のホログラムに映し出された作戦概要を指し示した。彼女の計画は、科学・技術研究連合(STRU)が開発した生物化学兵器を用い、トラプトニアンの浮遊艦を制圧するというものだった。幻覚作用を引き起こし、敵の指揮系統を混乱させる毒を用いる作戦だ。


「毒か。」


イモケンピが低く呟き、その赤い瞳が揺らぎもなくレイナを見据えた。


「魔女らしい手段だ。」


レイナはその言葉を受け流し、不敵に笑みを浮かべる。


「毒によって統制を崩壊させ、戦闘不能になった浮遊艦をいただく。」


その大胆さに私は思わず声を漏らした。


「本当にそんなことが可能なの?」


レイナはこちらに視線を向け、かすかな笑みを浮かべた。


「さあな、だが、魔女には箒が必要だ。」


その言葉にイモケンピが薄く笑みを浮かべた。


「その箒、折れなきゃいいがな。」


不意に彦作が割り込んだ。


「俺が守るさ。仲間だろ?」


静まり返った。どこか気まずい空気が部屋を包む。


「ん?違うのか?」彦作が首を傾げながらぼそりと呟いた。


それをきっかけに笑いが弾けた。ヴァルハラ隊の兵士たちが彦作の肩を叩き、陽気にからかう。


「言うじゃねえか。」


「歓迎するぜ、お前は今日からウィッチナイト(魔女の騎士)だ。」


彦作は一度作戦を共にした彼らの中にすんなりと溶け込んでいった。その様子を見て、レイナがふっと微笑む。彼女の冷たい瞳が、どこか柔らかさを帯びているように見えた。


「俺が守るさって言ってたな。」


イモケンピが低い声で囁く。


「言ってた…」


レイナは小さく答えた。その頬は、ほんのり赤く染まっているように見えた。

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