その夜、私はイモケンピと薄暗い地下室で向き合った。テーブルの上には地球の地図が広げられ、侵略ルートが赤い線で描かれている。その線は、まるでじわじわと命を奪う毒が血管の中を走って行くように見えた。
ランプの揺れる明かりの下、イモケンピは地図に目を落としながら低く静かな声で話し始めた。
「エイリアンが求めているのは水だ。」
彼の指が地図上の海洋地帯をなぞる。その仕草は冷静そのもので、言葉には奇妙な重みがあった。
「奴らは宇宙を彷徨い、水という貴重な資源を求め続けている。その船の動力源にも、水素を核融合反応に利用する高度な技術が使われているだろう。」
イモケンピは続ける。
「奴らは科学技術で地球人をはるかに凌駕している。だが、それが全能だと思うのは間違いだ。奴らもまた生物として未熟だ。お前たちと同じく、恐怖や混乱には抗えない。」
「恐怖……?」私はその言葉を繰り返した。
「でも、高度な科学力なら、そんな感情は制御できるんじゃない?」
「愚かだな、召喚主よ。科学の力で感情を消し去ることなど不可能だ。奴らが信仰や悪魔の存在を意識しないとしても、感情は根源的なものだ。心の奥底で抑えきれない原初の感覚がある。」
イモケンピは目を細めていう。
「それが恐怖だ。」
彼の指が地図上で止まり、笑みを浮かべた目が私を見据えた。
「そして、その恐怖こそが、奴らを滅ぼす鍵になる。」
その言葉は、私の胸に深く突き刺さった。トラプトニアンの科学力は圧倒的だが、彼らが生物として抱える『恐怖』という弱点を突くことが可能だという考えは、信じがたいが魅力的でもあった。
「具体的にはどうするの?」
私はわずかに身を乗り出して尋ねた。
「ほんの少し意識を変えてやればいい。そうすれば全滅させることもできるかもしれんな。」
イモケンピは冷たく笑みを浮かべた。
「意識を変える?」
「まずは、奴らの不安を引きずり出す。心の中に不信感を植え付け、自らの行動を疑わせるのだ。そして最終的に、仲間同士の不信が拡大し、自滅するよう仕向ける。」
イモケンピの声には余裕が滲んでおり、それがかえって恐ろしかった。まるで、既に結果が見えているかのようだった。
「恐怖は、最強の毒だ。特に、意識に直接作用する毒ほど効くものはない。」
「毒?」
私は思わず聞き返した。
イモケンピは薄く笑みを浮かべた。
「そうだ、トラプトニアンは水を求めて地球にやってきた。海の水を汲み上げ、その水に毒が混じっていたら?」
「毒を混ぜるということ?」私は眉をひそめた。
「でも、トラプトニアンの科学力なら、水を浄化するなんて簡単なんじゃない?」
イモケンピは小さく鼻で笑った。
「水に毒をいれるのではない。意識に毒をいれるのだ。」
その言葉に、私の胸の中に不安が広がった。
「意識に毒を?」
彼は背筋を伸ばし、まるで演説をするかのように語り始めた。
「悪魔祓いには聖水を使うだろう?あれは毒水か?いや、ただの水だ。誰かがそれを『浄化された水』と定義した瞬間、悪魔はそれを恐れるようになった。信仰という意識が、それを特別なものにする。」
イモケンピは、さらに続ける。
「それと同じことをすればいい。トラプトニアンの中に恐怖と疑念を植え付ける。科学を超えた意識の戦争だ。」
「そんな事が可能なの?」
「私の力を見たはずだ。」イモケンピは私を見て続けた。
「次々と取り憑いて一瞬で魂を操ることができる。」
そうだ、私は見た。ほんの数秒で窃盗犯3人に取り憑き、魂を抜き取ったのを。窃盗犯が魂を抜かれ死ぬまで歩き続けるという死の行進も目の当たりにした。
「私が地球外にある奴らの母船に乗り込むことができれば、こんなものは簡単なことだ。ただし、数が多いからな。少し時間はかかるかもしれんが……」
イモケンピは薄く笑いながら続ける。
「恐怖というものは、あっという間に連鎖する。だが、数十万のエイリアンを洗脳するとなると、多少は手間がかかるだろうな。」