夜の山間部は静寂に包まれていた。遠くの戦火の音はここまでは届かず、月明かりが木々を照らす中、私はカリドゥスの研究所からの帰路でレイナの基地に立ち寄ることにした。
基地の入口で待ち構えていたレイナは、鋭い灰色の瞳を私に向け、まるで私たちの訪問を完全に見越していたかのような余裕を漂わせていた。
「来たか。話すことがある。」
彼女の言葉はいつも無駄がない。私はその静かな威厳に圧倒されつつ、黙って彼女の後に続き、作戦司令室へと足を踏み入れた。
「この山間部周辺で、敵が動きを見せている。」
レイナは電子マップを指し示しながら説明を始めた。
「偵察部隊を出しているが、まだ具体的な位置は掴めていない。ただ、狙いは明確だ。敵は、私たちが浮遊艦から持ち帰った知性化AIコア(Sentient AI Core)を探している。」
彼女が浮遊艦から奪ったというその「AIコア」は、複製人間であるレプリシアンたちを支配する意思制御装置。レイナがこれを奪ったことで、一部のレプリシアンが自己の意思を持ち始めたというのだ。
「このコアは微弱な電波を放っている。」
レイナの声が一層低くなる。
「この山間部は電波を遮断しやすい地形だ。ここを拠点に選んだのはそのためでもある。極秘任務であることは聞いているだろう。この装置を守ることがヴァルハラ隊の任務だ。」
彼女がこの場所を選んだのは、その戦略眼と、魔女としての能力によるものだろう。
レイナはふと私を見つめ、少し間を置いてから口を開いた。
「ところで、パイロットのあてはないか?」
その問いに、
私の頭にはすぐにある人物の顔が浮かんだ。彦作。初陣で20分も経たずに撃墜されたパイロットだ。しかし、あの巨大四足歩行兵器を撃破したという驚くべき戦果を挙げた人物でもある。
私はためらいながら答えた。
「いないこともないけど……」
「紹介してくれ。」
レイナの声には一切の躊躇がなかった。
「至急で必要だ。」
そのとき、イモケンピがいつもの皮肉めいた口調で割り込んできた。
「撃墜王を紹介するつもりか?」
レイナが興味深そうに眉を上げた。
「撃墜王?それは頼もしいな。」
私は苦笑しながら補足した。
「いや、初陣20分で撃墜されたの。からかって撃墜王って言ってるだけ。」
レイナは少し考えるように目を細めた。
「使えるやつなのか?」
「分からない。」
私は正直に答えた。
「でも、あの四足歩行の巨大兵器を撃破した勇者でもある。」
その言葉に、レイナの表情がわずかに変わった。
「……あの四足歩行兵器を?いったいどうやって?」
「本人に聞いてみたらいいよ。」
私は微笑みながら答えた。
「明日の朝、彼をここに連れてくる。」