遠くに広がる大都市では、今も戦闘が続いている。赤く染まった空に閃光が走り、その光景だけが静かにこちらへ届く。
人類は最新鋭の航空兵器や地上兵器、試作段階のレーザーやレールガンで応戦しているが、戦況の劣勢は覆らない。
ここは、そんな混沌の中にある田舎の町。この小さな町では、壊滅した都市部とは対照的に、穏やかな日常がまだ続いている。電気と水の供給は維持され、加工品や生活用品も十分ではないが手に入る。
携帯デバイスでの通話はできないが、データ通信はなんとか機能しており、人々は情報を共有し合うことで不安を乗り越えていた。
朝にはわずかな食材で簡単な朝食を準備し、昼には仕事や復旧作業に汗を流し、夜には保存食を囲んでささやかな夕食を取る。
その日々は質素ながらも温かく、失われた日常を取り戻そうとする人々のかすかな希望が感じられた。
私はキッチンで簡単な朝食を作りながら、イモケンピと話をしていた。
「これが人間の幸せの一つだよ。美味しいものを作って食べること。」
フライパンを揺らしながら、私は微笑みを浮かべた。
イモケンピは首を傾げた。
「これが幸せか?」
パンケーキを一切れ差し出すと、彼は恐る恐るそれを受け取り、口に運んだ。そして、驚いたように目を見開いた。
「……甘い。」
「これがパンケーキ。」私は笑顔で答えた。
イモケンピは静かに呟いた。
「こんな小さなことで心が満たされるとは。人間は不思議だ。」
私はその言葉に少し考え込んだ。彼の驚きは純粋で、それだけに心を打つものがあった。混乱と絶望に満ちた世界の中で、こんなささやかな幸せがあることを、彼は想像もしていなかったのだろう。
夜になると、私とイモケンピの日課が始まる。部屋の小さなランプがぼんやりと空間を照らし、古びたプレイヤーが静かに動作音を立てている。画面に映し出される映画の映像が、荒廃した世界の現実を一瞬だけ遠ざけてくれる。
イモケンピはどんなジャンルの映画でも楽しんでいたが、特にミュージカル映画がお気に入りだった。人間が歌い踊るその光景に、何かしらの魅力を感じているのだろう。
私が寝静まった後も、彼は1人で映画を見続けているらしい。
「いい映画があった。気に入ったぞ。」
翌朝、イモケンピは突然そう言いながら現れた。赤い瞳を輝かせながら、彼はどこから持ち込んだのかシルクハットを頭に乗せている。
私が冷ややかな視線を向けると、イモケンピは少し困惑したように首を傾げた。
どの映画に影響されたのか、すぐに分かったが、あえて聞くことはしなかった。ただ、彼が映画を観て何かを感じていることが、どこか不思議で温かい。
私はふと、彼と過ごすこうしたささやかな日常が、どれほど貴重なものかを考えた。遠くの戦場では兵士が命を懸けて戦い続けている。
「人間の幸せとは、こうした小さな瞬間の積み重ねなのかもしれないな。」
イモケンピが映画の余韻に浸りながら、ぽつりと呟いた。
「そうだね。」
私は彼に微笑みかけた。
戦争の中であっても、こうした平穏な時間を守るために、私たちは何をすべきか――その答えはまだ見つからない。それでも、この静かな日々が続いてほしいと、心から願わずにはいられなかった。