トリスタンダクーニャ諸島。世界で最も孤立した有人島。その孤独の地には、地球の未来を担う二つの組織が存在する。
1つは科学・技術研究連合(Scientific and Technological Research Union, STRU)。トラプトニアンやその従属種であるレプリシアンの生態を徹底的に研究し、対抗手段となる生物化学兵器や防衛技術を開発する組織。彼らの開発した兵器は、すでに戦場でいくつかの戦果を挙げている。しかし、その兵器には希少な物質が必要であり、大量生産には限界があった。
もう1つは統合戦略機構(Unified Strategic Organization, USO)。地球全体の戦略資源を一元管理し、各国間の技術共有や兵器配備を主導する国際組織。USO直属の精鋭部隊「ヴァルハラ隊(Valhalla Corps)」は、連戦連勝の実績を誇り、その名は北欧神話の楽園「ヴァルハラ」に由来する。彼らの活躍は、地球全体の希望の象徴ともいえるものだった。
そのヴァルハラ隊を率いるのが指揮官、レイナ・ヴァーゴ。
戦場でその名を知らぬ者はいない。元スウェーデン特殊部隊「SOG」の隊員として名を馳せた。
漆黒の髪と冷たい灰色の瞳を持つ彼女は、その圧倒的な存在感と戦術的な才能で知られている。トラプトニアンの浮遊艦への潜入作戦を成功させ、敵の技術データを持ち帰るという偉業を成し遂げたこともある。その冷徹な判断力と鋭い洞察力は敵味方を問わず恐れられていた。
そのヴァルハラ隊が、極秘作戦の拠点として日本を選んだという報告が私のもとに届いた。そしてその交渉役として、私が指名された。
その晩、ヴァルハラ隊は私たちの町に到着した。小さな車列を率いて現れた彼女は、噂通りの人物だった。
彼女の姿は、まさに戦場に立つ者のために生まれたかのようだった。長い漆黒の髪は、夜の闇そのもののような深い色合いを帯び、その鋭い灰色の瞳は、まるで全てを見透かすように私を一瞥するだけで、その場を支配してしまう力を持っていた。
彼女が「ヴァルハラ隊」を率いる指揮官だと直感的に理解させられる圧倒的な存在感があった。
私は、司令部が壊滅した際のバックアップとして準備されていた第二基地へ案内し、初めて直接会話を交わした。
「ここを使っていいのか?」
彼女の声は静かだが、どこか圧倒的な力を感じさせるものだった。
「はい。日本語が話せるんですね。」
私はその流暢な発音に驚きながら声をかけた。
「世界中で作戦行動をしているからだ。言葉に精通していなければ正確な情報を得ることができない。」
彼女の透き通るような声は、静かだが心に響くものがあった。
イモケンピが私の隣に立ち、レイナの方へと鋭い視線を向ける。
「ヘクサ(Häxa:魔女)だな。」
イモケンピが低い声で言った。
レイナは微笑むこともなく答えた。
「そうだ。お前はイェーヴル(Djävul:悪魔)か?」
私は驚きのあまり言葉を失った。彼女がイモケンピを「見ている」のだと気づいたとき、その場の空気が一変した。
「悪魔が見えるのですか?」
「ああ、見える。」
レイナは冷静に答えると、私をじっと見据えた。
「下級の悪魔を使役して何をするつもりだ?」
「侵略者を追い払います。」
私は短く答えた。その瞬間、彼女の瞳がわずかに揺れたのを見逃さなかった。冷徹に磨かれた彼女の表情の中で、それは微かな戸惑いか、それとも興味の兆しだったのだろうか。
「本気か?」
その問いには嘲笑の意図が込められているかと思ったが、彼女の表情は至って真剣だった。
レイナは静かながらも確固たる口調で話し始めた。
「魔女は、この地球の記憶を受け継ぐ存在だ。古代から続く知識と経験を引き継ぎ、この地と共鳴する。」
彼女の言葉には、遥か昔から続く歴史の重みが宿っているようだった。
「自然界や宇宙の力を操る術を持ちながら、愚かな人間たちの欲望によって追い詰められ、存在を脅かされてきた。それでも、この大地を守るために戦い続けるしかなかった。」
彼女の目的は明白だった。
「私は、この傷ついた地球を再生させるために生きている。」
魔女という存在が、伝説や神話の中だけのものではなく、現実の戦場で活躍している。それを目の当たりにするのは、どこか不思議な感覚だった。