私は地下室の中心に立ち、イモケンピの目を見据えた。その赤い瞳に映る自分が、どこか見知らぬ誰かのように感じられた。
「契約します。」
その瞬間、イモケンピの赤い瞳が不気味に輝いた。
「契約の前にお前がどれだけ成長できるかを見たかった。魂を奪う価値がある人間かどうかを確かめるためにな。」
彼の口元に浮かぶ微笑みは、得体の知れない喜びと満足を表しているようだ。
「いいだろう。では、契約を結ぼう。」
その声が地下室に響くと、空気が圧迫されるように重く感じられた。ランプの明かりが揺れ、薄暗い空間に奇妙な影が踊る。イモケンピはゆっくりと立ち上がり、その瞳で私を射抜くように見つめる。
「準備はできているな?」
「……はい。」
恐怖を無理やり押し込めて答えた瞬間、イモケンピの周囲に赤黒い霧が立ち上った。その霧は生きているかのようにうねり、瞬く間に部屋全体を覆っていく。
霧の中で浮かび上がったのは、宙に漂う四角い光の枠。その中に現れた文字は、この世界のものとは思えない奇妙な形をしていたが、不思議なことにその意味が頭の中に直接流れ込んでくる。
「これが契約の文書だ。」
イモケンピの声が重々しく響く。
「お前がこの契約の文書に触れ、誓いの言葉を発すれば、すべてが始まる。」
その言葉に、私の胸が締め付けられるような痛みを感じた。だが、迷いを捨てるように自分に言い聞かせる。これは避けられない選択だ。
「望みが叶った瞬間にお前の魂を奪う。それに異論はないな?」
イモケンピの声には、どこか楽しむような色が混じっている。私の心に最後の迷いが浮かんだが、すぐにそれを振り払った。
「異論は……ない。」
「触れよ。望みを言え。」
私はゆっくりと手を伸ばす。契約の文書に触れると同時に視界が赤く染まり、頭の中で無数の声が鳴り響いた。
「私は……この魂を捧げます。この魂が欲しいならこの地球を守って!」
「誓え!」
「……誓います。」
その言葉を口にした瞬間、宙に浮かぶ文書の文字が一斉に輝き、赤黒い霧がさらに濃密に広がった。まるで何かが確定したように、地下室全体が揺れ、床に描かれた魔法陣が光を放つ。
「契約は成立した。」
イモケンピが低く囁くように言うと、赤黒い霧が私の手首に絡みつき、焼けるような感覚を残して消えた。見ると、手首には奇妙な紋章が刻まれている。それはまるで、自分が後戻りできないことを証明する印のようだった。
「お前の望みを叶えよう。」
イモケンピは微笑みながら言った。その瞳は、まるで全てを見透かしているようだ。
「これで契約は完了だ。お前の望み通り、侵略者を追い払ってやろう。」
私の胸には恐怖と安堵が入り混じっている。それでも、この契約が人類の未来を変える希望になると信じたかった。
「……始めましょう。」
そう告げる私の声は、もう震えていなかった。
この選択が人類を救う希望の光になるのか、それとも更なる絶望をもたらす炎となるのか。その答えを知る者は、まだどこにもいない。
ただ一つ確かなのは、私たちはもう後戻りできないということ。
「なるようになるさ。」
私がそう呟くと、イモケンピは目を細め、静かに微笑んだ。
まるで、すべてを見透かしているかのようだ。
契約が終わり、張り詰めた空気を振り払うように深く息をついた私は、ふと冷蔵庫を開けた。中には、忘れ去られたように蟹の缶詰がひとつ転がっている。それを見た瞬間、肩の力が抜け、自然と口元に微笑みが浮かんだ。
「契約のお祝いに、これを開けましょうか。」
振り返りながらそう告げると、イモケンピは片眉を上げて私を見つめた。その顔には、興味なのか疑念なのか、掴みきれない感情が浮かんでいた。
しばらくして、缶詰がいくつか食卓に並べられた。この荒廃した世界では、それらは十分に「ご馳走」と呼べるものだった。私は蟹の缶詰を開け、小皿に丁寧に盛り付けてイモケンピに差し出すと、彼は無表情で一口だけ口に運んだ。
「……これは、あまり好きではない。」