初夏の風がそよぐたび、山の木々がざわめき、窓の外には新緑が鮮やかに輝いていた。空は深い藍色に染まり、かすかな星明かりが遠くで瞬いている。昼間の陽射しに温められた土の香りが微かに漂い、夜になると涼しさを帯びた風が、季節の移ろいを静かに告げていた。
イモケンピが現れてから90日が過ぎた。私たちが出会った地下室はいつもの薄暗い静寂に包まれていた。だが、今夜だけはその静けさが違って感じられた。時間が止まったように思えるほど、空気が張り詰めている。
私は、決断を下す覚悟をしてここにいる。この地下室で迎える夜が、私にとってどれほど特別なものになるのかを思い知りながら。
「イモケンピ……」
低く震える声が地下室に響く。彼の赤い瞳が揺れることなく私を見据えた。その瞳の奥に映るのは、契約を迫られる私自身。私は深呼吸を一つして、問いかけた。
「侵略者を追い払ってくれる?」
「簡単なことだ。」
その返答は、あまりにも淡々としていた。まるで私の覚悟など取るに足らないものだと言わんばかりに。
だが、次の言葉を避けることはできない。私は胸の奥から湧き上がる恐怖を抑えて続けた。
「……私の魂が欲しい?」
「そうだ。」
その一言に、迷いも揺らぎもなかった。まるで既定の運命であるかのように。
地下室の空気が重く変わる。まるでその言葉が、部屋全体に黒い霧を漂わせたかのようだった。
「イモケンピは私の魂を欲しい。その見返りに侵略者を追い払ってくれる。それが契約?」
イモケンピはわずかに頷き、その赤い瞳が不気味な光を帯びる。
「そうだ。人の魂が手に入れば、私は永遠にこの世界にいることができる。地獄などには絶対に戻らない。私はこの世界を楽しみ尽くす。」
その唐突な言葉に、不意に笑いがこみ上げた。その一言が、私の恐れをほんの少し和らげた。
だが、その瞬間は長くは続かなかった。イモケンピは私の目をじっと見つめながら、容赦のない言葉を続けた。
「これは遊びではない。お前の魂を代償にすることで、この世界を救う力を与える。お前がその代償を払う覚悟があるならばな。」
私の命、私の存在そのものを差し出すという契約。それがどれほどの意味を持つのか、私はようやく理解し始めた。
「もし、契約を破ればどうなるの?」
私は最後の確認をするように、かすかな声で尋ねた。その問いは、自分自身への確認でもあった。
「破る?」
イモケンピは赤い瞳をわずかに細めた。
「お前の大切なすべてを奪い去る。それが代償だ。」
私は拳を握りしめた。この戦争で失ったものが多すぎて、もはや「大切なもの」さえ分からなくなっていた。だが、それでも、この契約をすることで救えるものがあるかもしれない。そう信じるしかなかった。
私は、悪魔と契約する決意を固めた。