薄暗い司令部の作戦室。使い込まれた機材が時代遅れの戦争を象徴している。その一角で、東雲彦作は腕を組み、焦燥感を隠しきれない表情で立ち尽くしていた。
「ボス、これがトラプトニアンの穏健派?」
彼の視線の先には、青白い肌に輝くような目を持つカリドゥスがいた。何かを含んだような微笑を浮かべながら、カリドゥスはどこか浮世離れした優雅さを纏っている。その姿は、異質でありながら不思議と場に馴染んでいた。
「そう。彼はカリドゥス。外交官として私たちと協力するためにここにいる。」
私はできるだけ冷静に説明したが、彦作の目には疑念が宿っていた。
「協力か……俺は初めてエイリアンとお喋りするけど、正直信じられる気がしない。」
カリドゥスは優しい微笑みを浮かべながら、柔らかな声で静かに語りかけてきた。
「我々の母星は隕石の衝突によって水を失い、荒廃しました。だが、完全な破滅ではない。回復の可能性は残っています。そのためには、水という資源が必要なのです。この星の水を分けていただければ、我々は再建への道を歩むことができる。」
「それで?」
彼はわずかに顎を上げた。
「それだけのために、こんなに地球をメチャクチャにしてくれたのか?」
カリドゥスの瞳がかすかに揺れた。だが、すぐに平静を装い、続けた。
「人類の警戒心は理解できます。我々トラプトニアンがこの星に与えた傷を思えば当然でしょう。しかし、私は戦いを好みません。この星を汚し、生命を滅ぼす戦いは、私の信念に反します。」
その言葉に、彦作はわずかに表情を変えたが、すぐに平静を装って言葉を紡いだ。
「信じられねえな。戦闘を好まないなら、なんで浮遊艦を引っ込めないんだ?」
カリドゥスの表情がほんの一瞬揺らぎ、影を帯びた。
「私ができることにも限界があります。我々の内部にはさまざまな意見があり、穏健派や中立派がいる一方で、特に強硬派の声が圧倒的に大きいのです。その勢いを抑える力を、私は残念ながら持ち合わせていません。」
交渉が成立する保証なんてない。人類は彼らを信用できないし、彼らもまた、過去の裏切りを忘れていない。
私は会議を終え、自室へと戻った。疲労感が全身を覆う中、会議の資料を机に広げ、記録をまとめ始める。
直径40キロメートルもの小惑星を改造したその宇宙船は、80万人を超えるトラプトニアンが暮らす移動型の居住船だ。石船は長期間の宇宙航行に耐え得る独自のエコシステムを備え、その内部には穏健派、強硬派、中立派が入り乱れているという。
「石船にいるトラプトニアンの多くは穏健派らしい。でも、地球に降り立った浮遊艦の中では、強硬派の声が支配的だ。」
私は資料を見つめながら、半ば自分に言い聞かせるように呟いた。
「ふむ、それもまた人間と似ているな。」
イモケンピは窓辺に腰掛け、淡々とした口調で応じた。
「意見の違いから争いを生み出す。それがお前たち人類のもっとも得意とすることではないか。」
その皮肉めいた言葉に、私は苦笑するしかなかった。
「ほんと、その通り。」
私は机に肘をつき、頭を抱えた。
「でも、この交渉が失敗すれば、戦争はもっと激しくなる。どのみち、負けるのは決まっているんだ。」
そのとき、扉が静かに開き、彦作が姿を現した。疲れた表情のまま、私に軽く頷いてみせた。
私は命令口調で呼びかけた。
「彦作。」
「はい、ボス。」彼はすぐに応じる。
「争いは意見の違いから生まれます。まずは相手を理解することから始めましょう。」
「理解……ですか?」彦作が少し戸惑いながら聞き返す。
「そう、今日の夜、来て欲しいところがあります。」
「はぁ。」
「いいボスだな。」イモケンピが横で軽く笑った。