春の夜の空気には、微かな花の香りが混じっていた。しかし、時折吹く冷たい風がその甘さをかき消し、肌を刺すような冷たさが、私を現実へと引き戻す。
司令部での会議を終え、自宅の前に立つと、遠くで瞬く閃光が、終わりの見えない戦争の現実を静かに突きつけてくる。
玄関の扉を開けると、春の暖かさとは無縁の薄暗い室内に、いつもの彼の声が響いた。
「おかえり、召喚主よ。今夜は何を持ち帰った?」
彼はいつものように中性的な美しい顔で笑みを浮かべ、机に頬杖をついている。
「今日はカップうどん。」
私は疲れた体を椅子に沈めた。
カップうどんに興味を示しながらイモケンピが言う。
「また会議か。」
イモケンピは目を細めて、興味なさそうに顔を傾けた。
「そんなに必死になって、何を議論している?」
「トラプトニアンの強行派が交渉に来たんだ。」
私は深くため息をついた。
「彼らは母星を回復するために地球の水が必要だって。この混乱を収めるためには水以上の何かを差し出せって言ってきた。」
「強硬派らしい意見だな。カップうどんというのはお湯をいれるのか?」
「そう。でも、こちらが資源を渡して母星に帰ってくれればいいけど、弱みに付け込んで、また攻め込んでくるかもしれない。」
イモケンピは静かに首をかしげると、視線をこちらに向けた。
「あの青白いエイリアンが言っていたな。水は宇宙で最も貴重な資源だと。」
私は頷きながら、カリドゥスの言葉を思い返す。
「誰かがこの星の水を奪い始めれば、他のエイリアンも同じことをする。地球は死の星になる。」
イモケンピの目がかすかに光を帯びる。
「地獄にも水はない。飢えと渇きがすべてを支配している世界だ。」
その声には、どこか遠い記憶を掘り起こすような響きがあった。
「お前たち人間には理解できないだろうが、水こそが宇宙で最も貴重で神聖なものだ。水は生命そのもの、宇宙の調和の根幹だ。水を奪うことは、命を奪うことに等しい。カップうどんも作れなくなる。」
イモケンピはゆっくりとカップうどんの蓋をめくり、箸を使ってうどんをすすり始めた。
「トラプトニアンが水を奪うことを躊躇うのは、それが命を奪う行為だと知っているからだろう。奴らは星の生命を理解している。強硬派のトラプトニアンですら、それを守ろうとしている。お前たち地球人とは随分と違うものだな。」
その言葉には、冷たい真実が含まれていた。私は何も返せず、ただ彼の赤い瞳を見つめる。
「地球人はどうだ?」
彼はうどんをすすりながら続けた。
「お前たちは自らの星を守るつもりがあるのか、それとも欲に飲まれ、醜い争いを繰り返すだけなのか?」
その問いは、胸の奥深くに鋭く突き刺さる。
心の中でその問いを繰り返し考える。守るための戦いなのか、それとも争いが人間の本質なのか。答えは見つからないまま、疲れた体を背もたれに預けた。
人間同士で殺し合いを続ける地球人は、エイリアンの目には、進化を遂げ切れない原始の生き物に映るのだろう。技術の差だけではない。彼らの意識や価値観は、人間の及びもつかないほど高みにあるのかもしれない――そう考えると、自分たちの存在がひどく無力に思えた。
イモケンピの視線は鋭く、それでいてどこか優しさを孕んでいる。彼はまるで、この星が選ぶべき未来をただ見守っているかのようだった。
「悪くない。この出汁というのは味も素晴らしいが、なにか心に温かさを与えてくれる。もっとあるか?」