ある日、出張の命令が下った。私は護衛と運転手を兼ねて、彦作を同行させることにした。
目的地は車で5時間ほど離れた町。敵との戦闘で甚大な被害を受けながらも、奇跡的に壊滅を免れ、復興の兆しを見せている場所だ。そこで、復興状況の確認と必要物資の手配を行うため、車に可能な限りの非常用物資を積み込み、出発した。
道中、窓の外に広がる廃墟が過ぎ去る中で、彦作が不意に口を開いた。
「ボス。」
彼は助手席の私をちらりと見ながら、少し間を置いて続けた。
「俺が守るべきものって、何だと思います?」
「それは、自分で見つけるものよ。」私は当たり前の答えを返した。
彼は苦笑しながら首を振った。
「そうかもな。でも、この手で救える命があるなら、無駄にしたくはない。」
その言葉に、私は息を飲んだ。彼が何を守りたいと思っているのか分からない。しかし、あの時、自分の命を賭けてまで総理官邸を守り抜いた彼の姿が浮かんだ。
「……救う意味があると思う?」
私の問いに、彼は少しだけ黙り込んだ。そして、力強い声で答えた。
「ある。意味があるかどうかは後で考えればいい。まずは動くんだ。」
その言葉に、胸の奥で何かが揺れた。
町に着くと、崩れたビルや瓦礫の山が視界いっぱいに広がっていた。ここは、通常であれば敵にとって標的にはならないような小さな町だ。しかし、敵の輸送船がこの地に墜落したことで大きな被害を受けていた。
車に積んできた物資を、各所に点在する避難所へ少しずつ運んでいった。ある避難所で、物資を管理している女性に荷物を手渡そうとしたそのときだった。
3人組の男が不意を突いて女性をなぎ倒し、物資を奪い取って走り去った。
「待て!」
私は逃げる彼らの肩を掴もうとしたが、あっさりと振り切られた。
その声を聞きつけた彦作が駆け寄り、倒れた女性を支えながら介抱を始める。
しかし、逃げていった3人組は、なぜか途中で立ち止まった。そして、こちらを振り返ると荷物を地面に置き、ゆらゆらとした足取りで再びこちらに向かって歩いてきた。
その顔には生気が感じられず、魂が抜け落ちたような虚ろな表情を浮かべていた。私は何も言えず、ただその光景を見つめるしかなかった。
「奴らはもうただの抜け殻だ。」
イモケンピが私の横で静かに呟いた。
「あなたがやったの?」
「そうだ。」
イモケンピは平然とした口調で続ける。
「お前が男の肩に触れた瞬間、取り憑いたんだ。」
「あの人たちはどうなるの?」
「死ぬまで永遠に歩き続けるだろう。」
イモケンピは淡々とした声で答えた。
「欲にまみれた人間たちだ。奴らに相応しい終わりだ。」
その冷酷な言葉に、私はほんの一瞬も彼らを可哀想だと思うことはなかった。皆が苦しみ、支え合わなければならないときに、自分たちだけを助けようとした連中だ。むしろ、いい気味だとさえ感じた。
自分の中で湧き上がるその感情が、どこか正しいもののように思えた。だが同時に、私はイモケンピの能力に強い恐怖を覚えた。
ほんの一瞬だった。私が肩に触れたその瞬間、イモケンピは彼らに取り憑き、魂を抜け殻に変えてしまった。そしてさらに、永遠に続く死の運命を与えたのだ。
これほどの力が、下級悪魔のイモケンピにあるのか。その事実が、私の背筋を凍らせた。
「その女に教えてやれ。奴らが溜め込んだ食料は廃ホテルに隠してある。」
イモケンピが淡々と告げたその言葉に、私は思わず驚きの声を上げた。
「考えが読めるの?」
「魂に触れればな。」
その答えに、さらに驚愕が走る。彼が魂に触れれば相手の考えが読めるということは、私の心もすでに見透かされているのだろうか。考えが読まれる感覚はなかったが、それが逆に恐怖を煽った。
一方で、隣にいた彦作は状況が飲み込めないのか、不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。彼にどう説明すればいいのか、それさえもわからなかった。
私は避難の状況を確認するために瓦礫の中に作られた小さな避難所入った。狭いスペースに多くの人々が集まり、疲れ切った表情をしている。それでも、誰かが持ってきたわずかな食料を分け合う姿に目を奪われた。
「これ、どうぞ。」
小さな女の子が、握りしめていたパンの一切れを差し出した。
「ありがとう。でもあなたが食べて。」
「平気です。」彼女は微笑んだ。
「だってみんなで分けたら、足りるってお母さんが言ってました。」
その純粋な笑顔を見て、胸が熱くなった。この星には、こんな小さな希望がまだ残っている。
ほんの少しの物資を配り作業が完了すると私達は帰路についた。
帰りの道中、彦作がぽつりと話した。
「守るべきもの……、わかったような気がします。」
私は静かに頷いた。
「守るべきではないものもね。」
これは私の心の中の言葉だ。
ふと横目に森の中を歩く三人の影が映った。
守るべきではないものが、死の行進を続けている。