各国の政府機関はかろうじて存続しているものの、その機能は失われつつあった。日本も例外ではない。食料の供給、インフラの維持、暴動の鎮圧——やるべきことは山積みで、誰もが生き延びるだけで精一杯だった。
「どう思う?この有様。」
私が資料を放り投げるように机に置くと、イモケンピは窓辺でつまらなそうに空を見ていた。
「愚かだな。」
その赤い瞳が、どこか退屈そうに輝いている。
「まあ、確かにそうかもしれないけど。」
私はため息をつきながら椅子にもたれた。
「それでも、みんな必死に生きてる。」
イモケンピはクスリと笑う。
「必死で未来を考える余裕もない。笑える話だ。」
「笑いごとじゃない。」私は語気を強めた。
「トラプトニアンへの対応だって、この町の司令部や他の独立機関が必死で頑張ってる。」
彼は興味を引かれたように首をかしげた。
「戦争を引き起こした当事者たちの機関もか?」
アメリカ合衆国ノースダコタ州の地下要塞に設置された地球防衛司令部だ。この組織は、かつてトラプトニアンとの戦争を引き起こした当事者たちが構築し、各国の精鋭を集めて作り上げたものだった。
イモケンピは窓辺を離れ、私の前に立った。
「それで、その機関がどれほど役に立ったんだ?」
私は言葉に詰まる。
「……北大西洋上空のトラプトニアンの浮遊艦に核攻撃を仕掛けたけど、全部無効化された。」
「それで?」
「反撃されて地球側の核施設も軍事施設も壊滅状態。」
「滑稽だな。まだ続けるつもりなのか?奴らは。」
私は悔しさを込めて言った。
「それでも戦わないと。人類を守るために。」
イモケンピの赤い瞳が揺らめいた。
「守るためか……本当にそうか?」
「どういう意味?」
「奴らは守るために戦っているのか、それとも戦うこと自体が目的になっているのか?」
彼の問いは静かでありながら、重く響いた。
「……それは……」
私の声が自然と小さくなる。
「お前も気づいているんだろう?」
イモケンピは微笑を浮かべながら私を見つめた。
「もし奴らがいなければ、もっと穏やかに暮らせたって。」
その言葉に、私は思わず息を飲む。自分の心の奥に潜んでいた考えを、彼にあっさりと言い当てられてしまった。
彼は、ただ微笑みながら私を見ていた。その表情には、すべてを見透かしているような冷ややかさが漂っていた。