「缶詰の文化は、すばらしい。」
イモケンピはサバの缶詰を手に取りながら、満足げに言った。
「缶詰の文化?」思わず笑いがこぼれる。
「そうだ。缶詰は、人類の数少ない偉業の一つ、飢えと戦う人類の知恵だ。腐敗という敵を克服し、時を超えて保存することを可能にした発明。」
彼は一口食べて満足げに頷いた。
「だが、その文化を生み出したお前たちが、自らそれを壊そうとしている。これ以上の皮肉があるか?」
私は缶詰を覗き込みながら呟いた。
「なんで人間って、こんなにバカなんだろ。」
イモケンピはフォークを置き、赤い瞳でじっと私を見つめた。
「お前たちは堕落したのだ。欲にまみれ考えることをやめた。それだけだ。堕落した者は滅びる。」
部屋には心地いい静けさが漂っていた。地上では戦火が続き、人類の滅亡が現実のものとなりつつある。だが、この場所だけは別世界のように感じられた。
「イモケンピ。」思い切って尋ねる。
「なんでそんなことまで知ってる?」
彼は目を細め、不敵な笑みを浮かべた。
「私をただの愚かな下級悪魔だと思っていたか?」
「いや、むしろ賢すぎて怖いくらい。」
イモケンピは軽く笑った。
「弱い悪魔ほど生き延びるために特化した能力を持つ。私の場合は考える力だな。そして、私はお前たちを観察し続けている。」
「観察?」私の声に戸惑いが混じる。
「そうだ。」彼は天井を見上げた。
「この荒れ果てた星を見ろ。自らを滅ぼそうとしている種族だ。哀れで愚かな生き物は見るに値する。それでも、愚かさの中に美しさもある。」
「美しさ?」私は思わず眉をひそめる。
「例えば、この缶詰だ。」彼は缶詰を手に振りかざした。
「限られた資源で人々を救おうとした努力の結果だ。しかし、その技術を生み出した者たちが互いを殺し合っている。」
その言葉には妙な説得力があった。返す言葉が見つからず、視線を床に落とす。
「それでも、私は人類を救いたいと思っている。」小さく呟いた。
イモケンピは赤い瞳を私に向ける。
「お前がそう望むのは理解できるが、本当に救う価値があると思っているのか?」
「……分からない。」
「なら、考え続けることだ。」彼の声は低く静かだった。
「思考を放棄すれば滅びるだけだ。」
「その滅びを、楽しんでるようにも見えるけど。」
彼は再び笑った。
「悪魔にとってはどちらでも面白い結果だ。救いか、破滅か。それを見るのが私の役目だ。」
『考え続けろ。』
その言葉は、頭の中で重く響いたが、イモケンピが静かに缶詰を開ける音が私を現実に引き戻す。
「缶詰がそんなに好きなら、地獄で缶詰を作ればいいんじゃない?」
私は皮肉を込めて言った。
「地獄に缶詰工場を建てるか。」彼は笑いながら首を振った。
「面白い提案だが、無理だ。地獄には保存する価値のあるものなど何一つないからな。」