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第13話 価値のあるもの

「缶詰の文化は、すばらしい。」


イモケンピはサバの缶詰を手に取りながら、満足げに言った。


「缶詰の文化?」思わず笑いがこぼれる。


「そうだ。缶詰は、人類の数少ない偉業の一つ、飢えと戦う人類の知恵だ。腐敗という敵を克服し、時を超えて保存することを可能にした発明。」


彼は一口食べて満足げに頷いた。


「だが、その文化を生み出したお前たちが、自らそれを壊そうとしている。これ以上の皮肉があるか?」


私は缶詰を覗き込みながら呟いた。


「なんで人間って、こんなにバカなんだろ。」


イモケンピはフォークを置き、赤い瞳でじっと私を見つめた。


「お前たちは堕落したのだ。欲にまみれ考えることをやめた。それだけだ。堕落した者は滅びる。」


部屋には心地いい静けさが漂っていた。地上では戦火が続き、人類の滅亡が現実のものとなりつつある。だが、この場所だけは別世界のように感じられた。


「イモケンピ。」思い切って尋ねる。


「なんでそんなことまで知ってる?」


彼は目を細め、不敵な笑みを浮かべた。


「私をただの愚かな下級悪魔だと思っていたか?」


「いや、むしろ賢すぎて怖いくらい。」


イモケンピは軽く笑った。


「弱い悪魔ほど生き延びるために特化した能力を持つ。私の場合は考える力だな。そして、私はお前たちを観察し続けている。」


「観察?」私の声に戸惑いが混じる。


「そうだ。」彼は天井を見上げた。


「この荒れ果てた星を見ろ。自らを滅ぼそうとしている種族だ。哀れで愚かな生き物は見るに値する。それでも、愚かさの中に美しさもある。」


「美しさ?」私は思わず眉をひそめる。


「例えば、この缶詰だ。」彼は缶詰を手に振りかざした。


「限られた資源で人々を救おうとした努力の結果だ。しかし、その技術を生み出した者たちが互いを殺し合っている。」


その言葉には妙な説得力があった。返す言葉が見つからず、視線を床に落とす。


「それでも、私は人類を救いたいと思っている。」小さく呟いた。


イモケンピは赤い瞳を私に向ける。


「お前がそう望むのは理解できるが、本当に救う価値があると思っているのか?」


「……分からない。」


「なら、考え続けることだ。」彼の声は低く静かだった。


「思考を放棄すれば滅びるだけだ。」


「その滅びを、楽しんでるようにも見えるけど。」


彼は再び笑った。


「悪魔にとってはどちらでも面白い結果だ。救いか、破滅か。それを見るのが私の役目だ。」



『考え続けろ。』



その言葉は、頭の中で重く響いたが、イモケンピが静かに缶詰を開ける音が私を現実に引き戻す。


「缶詰がそんなに好きなら、地獄で缶詰を作ればいいんじゃない?」


私は皮肉を込めて言った。


「地獄に缶詰工場を建てるか。」彼は笑いながら首を振った。


「面白い提案だが、無理だ。地獄には保存する価値のあるものなど何一つないからな。」

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