私は声を抑えつつも、鋭い口調で問いかけた。
カリドゥスは少し首を傾げ、口元に薄い笑みを浮かべた。その仕草には余裕すら感じられた。
「その階には、私の母星と同じ環境を再現した施設があります。入れば命を危険に晒す可能性もある。」
カリドゥスは冷静に答えると、壁際に立ち、床の隅をつま先で軽く叩いた。その瞬間、無機質な壁が音もなく透明なガラス状に変わり、内部の様子が現れた。
そこには、巨大なテラリウムが広がっていた。奇妙な色彩の植物が鬱蒼と茂り、その中を未知の生物たちがゆっくりと動き回っている。
「ここでは、母星の環境で地球の生物がどのように適応するかを研究しています。」
カリドゥスが淡々と説明する。
「そしてその上の階では、地球の環境で母星の生物が生き延びられるかを調べています。」
彼の声は平静だが、その言葉には冷徹な意図が滲んでいた。
「なぜそんな研究をしている?」私は一歩前に出て問いただした。
カリドゥスの表情がわずかに硬くなった。
「母星の再建を目指すためです。そして……」
彼は一拍置いて続けた。
「もし地球との交渉が破綻すれば、地球を母星化する選択肢も視野に入れています。」
その言葉を聞いた瞬間、私の中で緊張が一気に怒りへと変わった。
「やっぱり裏切り者!」私は声を荒げた。
だが、カリドゥスは首を振った。
「違う。私は私の判断で研究をしているだけです。」
「判断?」私は眉をひそめる。
カリドゥスはガラス越しにテラリウムの中を見つめながら、微かに微笑んだ。
「生き物が好きなのです。特に、この星の動物たちが。だから助けたい。」
彼の声は穏やかだったが、言葉の裏に秘めた決意が滲み出ていた。
「交渉がどうなろうと生き物を守るのが私の使命なのです。でも……バレたらただでは済まないでしょうね。」
彼の微笑みには、一抹の悲しみが宿っていた。
その答えに困惑している私に、イモケンピが耳元で囁いた。
「そいつを仲間に引き入れろ。」
私は戸惑いながらも、一つの提案を思いついた。
「このことは内緒にしておきます。」
私は意を決して言葉を続ける。
「その代わり、私と協力関係を結んでください。」
カリドゥスは、私の意図を探るかのように興味深げな視線を私に向けた。
「私を見逃すというのか?」
「はい。その代わり、私に協力してほしい。」
一瞬の沈黙が流れる。カリドゥスの表情は読めなかったが、彼の瞳の奥に微かな動揺の色が浮かんでいるのを感じた。
「……協力?」
カリドゥスは思案するように目を細めたが、やがて口元に微かな笑みを浮かべた。
「そう、協力です。」私はわざとらしくニヤリと笑った。
「いいでしょう。その条件を受け入れましょう。」
カリドゥスの声は冷静で、まるでこの場の主導権を握ったかのような余裕すら感じさせた。
イモケンピもニヤリと笑い、私の肩を軽く叩いた。
「いいぞ、召喚主。これで奴は使える。」
だが、そのときのカリドゥスの瞳の奥に何か計り知れないものが光ったことを、私は見逃さなかった。