「なぜ、私のような下級の悪魔を呼び出した?」
イモケンピが問いかけてきた。その赤い瞳は、どこか挑発的に光っている。
「えっ?」私は驚き、思わず声を上げた。
「えっ?」イモケンピも同じように驚いた声を出した。
なんだこの展開は、と心の中で呟きつつ、私は近くに置いてあった『悪魔召喚の書』を手に取り、指先でページをめくりながら説明した。
「ここに書いてある呪文を唱えたんだけど。」
ページを指差しながら説明する私に、彼は微笑むどころか吹き出した。
「これは下級悪魔の召喚呪文だ。おまじないレベルのやつだな。」
「えええぇぇぇ!?」
間抜けな声が漏れた。
イモケンピは半笑いのまま手を差し出した。「その本、見せてみろ。」
私は彼に本を渡すと、ページをペラペラとめくり始めた。そして、あるページで指を止めた。
「ここだ。これが上級以上の悪魔を呼び出す呪文だ。」
「そんなぁぁぁーーー。」
私はミスをした。呪文が間違っていた。私が唱えたのは下級悪魔を呼び出すための呪文だったのだ。上級悪魔の召喚方法はその次の章に載っていたのだと気づき、思わず地面にへたり込んだ。
「おわった……」この一大決心の結果がこれだ。私は落ち込んだ。最後の手段だったのにやり方を間違った。
だが、イモケンピは落ち着いた声で言った。「上級の悪魔が現れたら、この世界はもっと混乱することになっていただろうな。」
その言葉に少し救われた気がした。
イモケンピは、確かに下級悪魔だと認めている。それは彼自身が口にした言葉からも明らかだった。
最下級の悪魔は下等な動物のように餌を見つければ我先にと餌を奪い合うような存在。
「下級の悪魔だって知って、ちょっとショックだけど?」
私が皮肉を込めて言うと、彼は軽く笑みを浮かべた。
「私が下級であることに意味はない。大切なのは、いかにして状況を変えるかだ。」
「状況を変える……?」
「そうだ。」
イモケンピは軽く頷き、手にしたフォークを器用に回しながら話を続けた。
「私は生まれた時から下級の悪魔だった。上級の悪魔には絶対になれない。生まれが違うからだ。それが地獄の掟だ。だが……状況を変えることはできる。可能性は常にある。」
彼の瞳が赤く光を帯びた。「そのチャンスを待ちながら、私は考えることを続けた。どうすれば、あの暗黒の底から抜け出せるのか。思考を止めたクズどもと一緒に彷徨い続けるわけにはいかなかったからな。」
「……考えること?」私は、少し身を乗り出した。
「ああ。地獄もこの世界も同じだ。考える力こそが、お前たち人間を動物から区別するものだ。もしその力を放棄すれば、お前はただの下等な生き物だ。人でいたいなら考えることを止めるな。人の姿をした下等な動物にはなるな。」
彼の言葉には不思議な説得力があった。それは単なる皮肉や冷笑ではなく、どこか信念を帯びた言葉だった。
私はしばらく黙り込んでから、ふと思い出した疑問を口にした。「でも……悪魔って、普通は人を欺くものじゃないの?」
イモケンピは片眉を上げ、静かに微笑んだ。
「欺くのは、確かに我々の仕事の一つだ。だが、それだけではない。」
彼の言葉が地下室に響いた。
「悪魔とは、本来畏れられるべき存在だ。同時に、人間を監視し、戒める存在でもある。それをお前は知っていたか?」
その言葉には、まるで永遠の時を生きる者の確信が宿っていた。
悪魔にそんな一面があるなんて、これまで考えたこともなかった。
「うーん……悪魔って、人間を弄ぶだけの存在だと思ってた。」
私が首をかしげながらイモケンピを見つめると、彼は微かに笑いながら口を開いた。
「悪魔を学べ。」
赤い瞳を細めながら静かにそう言う。その言葉には、どこか挑発するような含みが感じられる。
「そこにお前たち人間の真理があるかもしれん。」
「ふむふむ、なーるほどー」