静かな夜更けだった。
地下室の片隅で、私は保存食の箱を漁っていた。期限切れのスナック菓子や缶詰を手に取りながら、これが「悪魔の食事」として相応しいのだろうか、と内心で首をかしげる。
「ほら、これでも食べて。」
私が焼き鳥の缶詰を差し出すと、悪魔は軽く眉を上げ、興味なさげにフォークを取り出した。缶詰を開け、一口だけ食べると、小さく息をついて言った。
「……ふむ。悪くない。」
彼の所作は信じられないほど優雅だった。中性的な美しい顔に、不自然なほど整った指の動き。だが、缶詰の焼き鳥を食べている姿には少し滑稽さもある。
「こんな缶詰を喜ぶ悪魔ってどうなの?」
彼はフォークを止め、静かに私を見た。「召喚主よ、人を飢えから救うために発明されたこの缶詰の文化を侮辱するのは愚かだぞ。」
「そんなに大げさに言わなくても……」私は小さくため息をついた。
彼は焼き鳥を食べ終え、フォークを丁寧に置いた後、唐突にこう言った。
「私には名が無い。」
悪魔は静かにそう告げた。
「名を与えよ。私はお前に使役するのだからな。」
「名が無い?」
私は首をかしげた。悪魔に名前がないなんておかしい。名前を持たない悪魔を召喚したのか?
サタンとかルシファーではないにしろ、何かしらの有名な悪魔が召喚されると思っていた。マモンとかベルゼブブとかアスタロトとか。
この悪魔は名も無い下級の悪魔だったのか?生贄に生肉ではなくフライドチキンを使ったせいか?呪文が間違っていたのか?
「あの、生贄にフライドチキンを使ったせい?」
悪魔は片眉を上げて笑った。
「生贄の質は問わぬ。召喚主の意思こそが重要だ。」
なんだか釈然としない。戸惑いながらも私は名前を考えた。そして、何故か口から自然と出てきた言葉があった。
「……イモケンピ」
悪魔は少し驚いたように瞳を瞬かせ、やがて笑い声を上げた。
「変わった名だが、嫌いではない。古代の文明を思い起こさせるような懐かしささえ感じる。よし、私の名は今日からイモケンピだ。」
「えっ?…あっ…いいの?」
その瞬間、空気が震え、目に見えない何かが私と悪魔の間を結びつけるような感覚に襲われた。
「これで仮契約は成立した。」
悪魔は微笑を浮かべながら静かに告げた。
仮契約はあくまで仮契約だ。同意がなければ成立しないし、拘束力もない。「また今度、遊ぼうねー」ぐらいの約束と同じらしい。人間の世界も悪魔の世界も同じだ。
こうして私は、イモケンピと名前を与えられた悪魔との奇妙な生活が始まった。イモケンピは人間の姿でこの世界に留まり、私と行動を共にするようになる。