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第3話 都合の良い真実

『伝説』→ ……であるならば、英雄が“本当にあったこと”を語っているという保証はどこにあるのか?否、先に述べたとおり、勝者だけが正義であるのならば、英雄の定義にも疑義が生じよう。真実とはそれを語る者の立場及び見方によって変わるもの。ゆえに……




 遥か昔のことだ。今は海に沈んでしまったが東方の彼方に私の生まれた国があった。ついでに言うとSaku-raもその国の生まれだ。元々は「桜」という、使われていた国もろとも滅んでしまった文字を当てる。


 ある時、天変地異が頻発し、古の魔物が蘇らんとしている兆候と見た将軍は……このランガル国になぞらえるならば国王か。騎士たちの長であった私に国王は魔物退治を命じた。


「まずは、果ての城に住まう姫に相談するが良い」


 国王のその言葉を胸に、私は手勢を引き連れ領地の外れに聳える城に赴いた。そこには世の始まりから存在すると言われている、森羅万象知らぬことはないという智慧者の姫が、たった一人の従者と共に棲んでいた。


 城に到着すると、そこには見たことがないほど巨大な桜。丁度満開の時を迎えたところだった。私はその最果ての城に棲まう姫の命ずるところにより、巨大な桜から一本の枝を切り取り古の文字を刻み、悪しき者を封じる為の魔器とした。


 さらに姫は、人柱たる生贄の乙女が必要であると言い、おまえの娘を贄にすると私に宣告したのだ。当然私は抗議した。たった一人の愛娘を贄になど出来ぬと。


 しかし、ならば世界が滅んでもよいのかと責められ……仕方なく……。


 古の魔物はなぜか桜に引き寄せられる。新月の夜、三百年ごとにこの世に這い出ようとするのは、姫によると魔物にかけられた呪いだそうだ。


 昔、ある騎士が魔物と戦い、破れはしたがその命と引き換えにかけた強力な呪い。


 それ以来、私は、三百年周期で魔物と戦いその度に奴を押し戻した。参考に言っておくが、魔物を封じると取り憑いていた桜も死ぬ。この国の桜も間も無く枯れるであろう。


 共に戦ってきた仲間は一人二人と倒れ、いつしか私だけになってしまった。簡単に魔物を滅ぼすことは出来ぬ。しかし徐々にその力を奪い、弱体化させることに成功している。


 世界に残る桜はあと二本のみ。その最後の桜が倒れた時が古の魔物の最後だ……。



 老人の長い長い話が終わった。あれほど馬鹿にしていたケンが手のひらを返したように英雄と褒めたたえている。


 ケンは、すぐに旅立つと言う老人を引き留め酒場に連れて行き、魔物を封じた祝杯と称し酒盛りを始めた。そして古の伝説の詳細を聞かせて欲しいとせがんだのである。


「三百年周期の戦い……いったいあなたは何歳なのですか」

「忘れた。幾たびの世紀を乗り越え、数えてはいないが、魔物を封じること両手の指よりも多いはずだ」


 何だって……三千年以上も生きているって言うのか……。


「私は望んだつもりはないが、魔物を滅ぼすまでこの世に留まれと神が望んでいるのであろう」

「世界の英雄!まさに救世主です!」

「うるさいぞケン。飲み過ぎだ」


 はしゃぐケンを叱りつけ、老人を見ると目が合った。その見透かすような視線にさりげなく目をそらす。


 俺の頭の中は得体のしれない違和感で一杯になっていて、見たこと聞いたことを整理する時間が欲しかった。だから微塵も疑っていないケンの馬鹿声が邪魔だったのだ。


 何かおかしい。


 確かに魔物が現れ、この老人が封じた…ように見える。


 だがしかし……ああ、考えればば考えるほど、いくつもおかしな点がある。


 まず「お父さん」と言ったあの幼女。ボロボロのドレスを纏った少女は、老人の話によれば魔物を封じるため生贄にされたという。だがあの時少女はこう言った。


「お父さんはいけないことをしようとしている」


 いけないこと……?


「それは娘が魔物に取り込まれてしまったからだ」

「えっ」

「おまえの疑問に対する答えだよ。魔物を封じる人柱になるはずだった娘は魔物の同類になってしまったのだ」

「…なるほど。だから魔物を封じようとするあなたの行為を"いけないこと"だと」

「そういうことだ」


 ……えっ!


 あれ?

 口に出していないのに、まさか俺の考えを読んだのか。


「三千年以上も生きておれば、人の心を読むことなど容易い」

「参ったな」

「ハハハッ。旅立つのは明朝にしよう。今宵は若い友人たちと、とことん飲むぞ」

「おお、それでこそ英雄さま!」


 酔っ払ったケンのどら声を耳に、心のもやもやを抑えつつ、うんざりした思いで杯を傾ける。


 疑問を整理するのはあとにしたほうが良さそうだ。独りになってからゆっくり考えればいいさ。



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