「おはようございます!」
とびきりの朝である。
なぜならそのお膳立てをすべてわたしが調えるのだから、どこにも不備はなく快調だからだ。
ポットの水を沸かし、二台ある複合機の用紙やトナーなどの残りを確認して、必要であればその補充をする。新聞ラックに日経、主要全国紙、および数紙の地方紙や海外紙を吊り下げる。でも、これはバブル期のOLさんだな、と鼻息をを吐くも、その鼻息も含めてシュレッダーごみ、その他の一般ごみと一緒に集める。ここ、企画調査課には職掌柄、清掃業者などの出入りが一切ない。床掃除から机拭きを一気に行い、キャビネットの埃をハンドワイパーで集め、これもまとめて捨てる。
「ん、もう朝か。おはよう、向井」もごもごとした声が応接スペースから聞こえた。
「あ、おはようございます。眠れました?」
もはや泊まり込み専用のスペースとなった応接用ソファからあくびが聞こえる。もぞもぞと起きだす課員に、冷蔵庫から出した牛乳を差し出す。「ああ、ありがとう。それで、今日、何曜日だったっけ?」
「木曜日ですよ、藤井さん」
「ああ――それは知ってるんだ。今日って何日? 今日くらいは家に帰れるといいんだけどなあ」と、藤井は頭をぽりぽりとかき、かいた指のにおいを嗅ぐ。
「おはよう、藤井、向井。ん——なんか匂わないか?」
「おはようございます、係長。なんの匂いです?」
「おう、向井。やっぱ、なんかくせえな。まあ、いいか。で、藤井。曽根崎忠の件は進んでんのか? まさかすやすやと寝るためだけに泊ってるわけでもないんだろ?」
起きだした藤井はパックの牛乳をストローで吸いつつ、また髭を電気シェーバーで剃りつつ「ええ、瑞中の曽根崎ですよね、弁護士功労の。あれはあれで難航してますよ――認知症がけっこう入ってるもんでね。人格の先鋭化ってやつですか、どんどん進行してきてます。時間との勝負ですね。曽根崎よりかは向井と一緒にやってる橘川の方、ありゃ楽ですよ。橘川なんて、向井に任せてもいいんじゃないです?」と答えた。
「橘川昭二か。商工会議所の会頭で産業振興功労だったな? あれも瑞中だったな。代表みたいに自分だけ受け取るなんてできない、この復興は全員の手柄だ、ってやつだな。あの爺さん、いってることがいちいち真っ当すぎてやりにくいと思ったんだが」
わたしはポットのお湯で人数分の紅茶を淹れる。
「いえ、真っ当すぎてかんたんでした。シンプルに復興予算を水増しすればいいのかと思ったんですが、橘川はもっとシンプルで。票です、票。あの商工会議所の勢力圏を票田にしたかったんです。そのためにあのあたりの商店街を潤わせて青年会に恩を売り、次の小選挙区では、安定した票を獲得したかっただけです。なので復興支援金ではなく、各商店街を取りまとめる青年会への資金援助、これを皮切りに現職の先生とか、中央への梃子入れを匂わせると思った通りのお返事でしたよ」
そういいながら、ティーポットから湯呑に注ぎ分ける。うん、バブル期のOLだな。
「ふん。向井にしちゃよくできたな」係長が湯気に眼鏡を曇らせつつ、いった。「ああ、これは紅茶の話だ」
「これでも茶の湯は得意でしたので」と、お辞儀をする。
「橘川、こいつもエゴの塊だな。そんなやつに旭中なんて、閣議も閣議だ」係長はスモーク状態の眼鏡のまま結論した。
「いいんじゃないの? 閣議もエゴで動いてんだし。復興の実績がありそうな駒を手元にひとつ置いときたいのも、肯ける」
「あ、おはようございます、佐原さん」
佐原は長い脚をノータックのスラックスに、長い腕は七分袖のワイシャツに通して颯爽と課長のデスクに着く。もちろんであるが、見た目がいいだけで佐原はただの一般職、平だ。「それより、喫緊の課題はどうなってるのかね、皆の衆?」
「けっ、何様気取りだよ、佐原。喫緊のって、小田のことだろ? そんな小説みたいにうまいこと進展するかってんだ」と、係長が毒々しくいった。
頃合いだな。ほかの課員も一通り揃ったうえで、わたしは話しだす。
「あの、係長。わたしにアイデア、というかプランがあります」